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2007年3月

イコツトちゃん、さらにパワーアップ。

おうちにかえつたら、新調された真新しいバインダーに挟まれた回覧板が届いてました。

リニューアルされてもイコットちゃんは健在でした!
ああ、愛しのイコットちゃん。

選挙といえば、投票はボイコットだね!

読み間違うキャッチもそのまま。

イコツトちゃん、バワーアップ。
っていうか、ポーズがさらにはしゃぎ気味です。
選挙もうすぐだからね。

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些細なことだから

耳の入り口あたりに何かできた。

仕事中に髪をかきあげようと思って指が耳の穴に触れたら、ズキっとちょっと痛かった。
痛みの具合からすると、多分吹き出ものみたいな大したことない何かだと思うんだけど。

でもそういや、おととい久しぶりに耳掻きが気持ちよくて、テレビ見ながらカリカリ長いことやってしまったけ。
そのとき傷つけたのかも・・・外耳炎とかの前兆だったらどうしよう・・・。

とかいろいろ考えたら、仕事もそぞろ急に気になりだした。ほんとにぷちっと大したことないできものが、できてることが確認できれば、なーんだ、気にすることねぇ、と安心できるのに。

しかしいや待て、口の中とかだったらお手洗いで誰も見てないすきにべろーんと唇でもめくって鏡に映して確かめるとか、背中なら更衣室で仲の良い女性の同僚にでもたのんで、ちょいとシャツでも引っ張って「ここ、ここんとこ何かできてる?」と見てもらうことはできるが、さすがに耳の中を見てくれとは他人には恥ずかしくて頼めない。

まあ今度の週末に実家に帰ったときにでも、まだ痛かったら母にでもちょっと見てもらうか。

しかしだ、今だって老眼ひどくて果たして見てもらえるのか?ってくらいなのに、年老いた両親が近い将来この先いなくなってしまったら、そのとき、こういうとき誰に気軽に「ちょっと耳ん中見てくれる?」なんて頼めるのだろう。

ふつうは気心しれたステディなパートナーとか旦那さまとか、こどもとかに頼むのか?

些細なことで、いや日常の些細なことだからこそ、ふともの悲しさを感じてしまった。

うえ~ん、さみちぃー。

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おさるとメキシカン

先週の話ですが、職場のお友達を呼んでメキシカンパーティーしました。

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頑張ってトルティーヤも焼きました。コーンの粉さえ手に入れば意外に簡単にできるのです。
コーンの粉は輸入食材が豊富めなスーパーなどで手に入れることができます。
こちらのレシピを参考にしました。

ナイフを入れているのはブリトーだかエンチェラーダだかよくわからないメキシカン風創作料理(笑)
途中から何を作っているのかわからなくなり、アボガドも入れよう!チーズかけよう!とみんなの意見を聞きながら適当にできあがった品。クミンシードとオレガノで風味付けしたチキンをローストしたものをフラワートルティーヤにアボガドとサワークリームを一緒にはさんでチーズをたっぷりのせてオーブンで焼きました。意外においしくできました!

ネギ&ショウガ&ごま油でなんとなく中華っぽくなるように、クミンシードとカイエンヌペッパー(チリ)を使うとなんとなーくメキシカン風になるコツを習得しました。

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そして、ソルとかドスエキスといいたいところですが、手軽に手に入るコロナでメキシカンな雰囲気も盛り上がります。

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この日の大事なゲストはおサルたちです。
うちのぴーこの双子の兄弟おすぎとその弟あーみんもやってきました。

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おさるはみんな、とみーさんが大好き!

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毛づくろいはおサルの世界では愛情を確認しあう、大切なスキンシップです。

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女性陣の間では5本指靴下がおおはやり。
「ぴーこも5本指靴下履きたい!!」


あ~楽しかった。
こころおきなくお友達を呼んで、わいわい出来るのはおひとりさまならではの醍醐味ですが、

しかし、

じゃあね、今日はありがとうばいば~い、とした後のひとりの部屋の急な静けさといったらとっても淋しいの(涙)

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ハケンの品格 最終回

安っぽいドラマねぇ~と噂しつつ、ついつい気になって最終回見てしまいました。

どうやら、派遣スタッフのアイディアが大当たりしたことを通して「働く」とか「仕事の成果」とか「チームワーク」とか、そういうものには、雇用形態なんて関係なく・・・云々というストリーだったようだ。

わたしが派遣社員として働いていたときに体験した、現実はそんなドラマみてぇじゃねぇよだけど、根本は同じような体験を思い出した。

一応ひととおりの社会人経験のあるわたしからみたら、こいつ何思い上がってんだ?と日ごろから思っていた、礼儀知らずの上昇志向丸出しで、たまに丁寧に接してきたと思えば慇懃無礼なカンジが鼻につく、隣のラインの若手男子社員に、ある日、自分が開発中の女性向けサービスについて感想をヒアリングされた。

その質問自体が「ぼく男なんでぜんぜんわかんないですけど、こんなカンジ、おんなのこってカワイイとか思うんですかね。」みたいな、ターゲットとするお客さまを潜在的に舐めたような質問の趣旨もちょいと鼻についたが、まあそこは浅はかな質問にはテキトーに「いいと思いますよ!とっても」とテキトーに答えておきながら、ところで・・・。

当時、来る日も来る日も、集計や単純な事務なんかのルーチンワークに飽き飽きで、ひとの仕事であろうとおもしろそうなことに貪欲に興味津々だった私は、彼の質問の論点とは全然別の、そのサービスの根本的な仕組みについてふと、小さなアイディアが頭に浮かんで口に出た。

「ところで、全然別のところなんですけど、そもそもこの仕組み、何で●●●にしないんですか?あたしそしたら思わず使っちゃうっ!」と、いろいろな諸事情とか、ややこしい調整に無関係で無責任なハケンの立場ならではの、ジャストアイディアがつるりと口をついて出た。

ところが彼は、ふーんまあそうかもしれないけど、まあそんなことより、訊いたことに答えてくれればいいよとばかりの無関心な態度を装い、
「なるほどねぇ・・・。ところでこれでとりあえず、変じゃないですよね?」と確認して、その場の会話を終えた。

今思っても誰でも思いつきそうなアイディアで大した工夫でもなかったと思うが、でも当時の市場の技術からするとインパクトがある内容で、その後2、3日、私は、そもそもハケンの我々よりもいろいろな情報も持っているのに、なんで私ごときが思いつくような、大して画期的でも新しくもない簡単な工夫が浮かんでこんのか、このガキはと、ちょっと彼を卑下しつつ自分の自尊心を再確認するような虚しい思いがときおり頭に浮かんで、彼の企画がどうなるのか頭の片隅で気になっていた。

数日後、出勤して驚いた。
その日リリースした彼のサービスに職場がちょっと沸いていた。部課長までもが、そのインパクトのある仕組みを試しては面白がり、「○○クン!これ、なかなかいいよ!がんばったじゃん!」と、彼を大賞賛していた。

「はい、いやそうですか。まあちょっと××の調整とか大変でぇ、うるさくて苦労したんですけど・・・」
と平静を装いながらも彼は得意顔だった。

みんなが注目しているのは、先日あたしの口をついたアイディアだった。

ドラマとは違って、もちろんそんなに現実は甘くなく、ただおもろいだけでその仕組みは社内で盛りあっがったきり、いつか忘れ去られ、何のビジネスにもならなかったけど。
あの時は悔しいというか、なんとも苦い気持ちで、職場の仲間のためにいろいろ考えているのに、まるで存在を無視されたかのような疎外感を覚え、そのときを境に、どんなに単純な仕事でも、興味をもっていろいろやってみようという気持ちが一気にしらけだしたことを思い出した。どうせ一生懸命やったって、ひとの手柄・・・。

ドラマだからさ、小泉孝太郎がかっこよく「ぼくは社員とハケンとが一丸となって・・・」なんて公然の場で言ってくれたりするけど。
いまでも誰かに知ってもらっても言ってもしょーもないとも思う、でも私だけがネに持っているちいさなドラマ(笑)

別にすごいねとか認めて欲しかったわけでもないけど、でも、彼があのとき「いやぁ、いろいろヒアリングした意見にヒントを得て。」って正直に言ってくれていたなら、随分違ったと思う。
自分の名前が表に出なくたって、もっと提案したり、どうかなこうかな?って思いを広げたり、もっとその職場の中で何か出来ないかなって、ハリキリ続けられたと思う。

私は前に務めた職場の経験とか、いろいろなひとの体験談とかから、「長い会議が増える」「教育をやたら謳う」、そして「精神論の誇張」がヤバイ職場の3種の神器、いや、3つのバロメータだと思っている、でも。

頑張る、とかやる気、とかは手段であって、中身が無いのにそれをあたかも絶対の成功条件みたいに掲げるのって、建設的でなくて論外だとは思うけど、でもその前に、やっぱり人がはたらいているのだから、思いとか信頼関係ってつくづくまずは基本だと思う。ハケンだろうが正社員だろうが、それぞれの立場とか経験からの思いとかがきっとある。

その後、正社員の立場になって働くようになったのだが、今あらためてそのときのことを忘れちゃいねぇか?と反省しつつ。


そういや、ちょっと似ている事例で、この間産休後、育児制度を利用して勤務している友達と久しぶりに会う機会があって、いろいろおしゃべりした。
その人の会社は、はたからみると子育て中の女性も職場復帰しやすい雰囲気のように思っていたけれども、渦中の本人しか体験しえない、いろんな悔しい事情があることを知った。

話をきいていて思ったのは、いろんな制度は整っていても、結局は物理的に100%パワーを仕事に注げないひとも「許してあげる」という風潮だというのが現実なんだなということ。
時間的に融通がきかないとかそういうことは給与制度とかそういうところで、仕組みとして公平(?)になっているのだから、評価に影響があったり、受け入れとかで疎まれたりする風潮はどうかと思う。

実業家として大成功をおさめるか、なるべく大きな企業で出世する!それでこそ男!っていう単一化された価値基準だけでなくて、育児とか介護とかかかえていても、ハケンという立場でも、もっといろいろな働き方をするスタイルを「許してあげる」んじゃなくて、普通のこと、って受け入れられたらもっとみんなハッピーになれるし、いろんなひとが、いろんな力を発揮して、経済効率もあがるんじゃないかと思う。

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R-おとな

職場に新しいスタッフを迎えました。
今まで、平均年齢30代ぐらいでやってたんですが、なんと、ぐっとお若い20代前半の女性!
ほっぺなんか、シミひとつ無い真っ白で、つやつやで、同性ながら、萌え~なの。(笑)

もしわたしが、金八先生の初代生徒、杉田かおる、最近なら 14歳の母主人公であったなら、彼女はわたしの娘でもおかしくないのです!うへぇ~!

ということに気付き、誰がどっからどう見ても全く世代の違うであろう彼女はまあさてさて、
30代という大きく図々しいくくりでいつも同世代だと思って、失礼かと思いながらも、立場も気にせずおつきあいさせていただいている30代前半のお仲間たちのことを、ふと考えてみました。

記憶も新しい(!)オイラが成人を向かえた20歳のころ、彼らはなんと中学生、まだガキんちょの中坊なわけです!うきゃぁ~!ごめんなさいっ、今までの罪をどうかお許しくださいってくらいギャップをあらためて感じます。

でももちょっと年表を進めてみると、オイラが25歳の青臭い若者のころ、彼らもまた、17、8の青臭い若者です。
なんか急に歳の差が縮まったカンジで、この親近感は、まぁアリかなとか思います。

不思議!なぜだろう・・・

たぶん、お互い期待される成熟度の個人差こそあれ、「おとな同士」って前提がうまれるからかしら、と思ったりします。

近頃、っていうかだいぶ前からずっとですが、自分自身の心持ちとかやりかたも含め、「おとなの事情」ってやつのせせこましさや開き直りやあきらめにがっかりしたり、経験からの賢明な判断が行き過ぎてしまったトラウマからの、屈折した根回しとかの愚弄さに悲嘆したりすることが多くなりました。

私は「おとな」とは、こども特有の万能感を捨てて、良くも悪くも現実的に自己確立をすることであると、思っているのですが、あまりにも私はオレはこうだから!と決めつけすぎて狭量となってしまう幼稚さに直面することもあります。

はたまた、アウトプットや実年齢が自分より若くても、落ち着いていて向上心があって人に対する敬意を払い、でも自分は自分。と、とってもバランスが良くて年下でも尊敬しちゃう成熟したひとにも出会います。
数少ない貴重な出会いですが。

むむむむむ・・・
「おとなになるってこと」なんて、ロックンロールや思春期の青臭い疑問かと思ってましたが、こうして意識しみると、40手前にして十分おとななはずなんですが、あたしにとっては多分一生の課題です。(笑)

と、哲学を繰り広げてみましたが、前に進みながらひとにはわからなくても、自分の中に蓄積されていく何かがあるなら、目尻のシワは増えても眉間には出来るだけシワを寄せず、

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こんなふうに、いつでもニンマリ笑える余裕をもってやっていきたいわぁと思います。
毛が生えるのは困るけど。

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脱走したオラウータン

多摩動物園の訓練のニュース、

脱走したオラウータン

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このひと、ぶっさいくやなぁ~

・・・っていうか、記事がオラウータンの「気ぐるみ」になってます。
気持ちはいってんな・・・

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