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「大丈夫ですよ~」の罪

若い小娘に、
「そんなぁ~、まだ大丈夫ですよぉ~」
って軽々しく言われるのが、無性にムカつくという話で共感を得た。


今日は、久しぶりに元同じ職場のなつかしい面々と、思いもかけず嬉しい再会と銘うってお食事をした。

「出合ったあの頃って、そういえば何年前?」

当時ピチピチギャル二十代だったメンバーも、気がつけば全員三十路の大台に乗っていた。

とはいえ、当時から私だけ既に三十を越していて、本名の「阿部さん」は知らなくても、配属3日目にして決まったアダ名、「ねぇちゃん」のほうが社内で通っていた私、年月を経てもあいかわらず、ちょいとひとりだけオネエさんに変わりないのですが。
でも、なんだか世代が近くなったような気分で「そうそう、わかるぅ~」とおとなの会話で盛り上がりました。

成人式の記憶もまだ新しい、ハタチそこそこの頃の自分を思い起こせば理解できるはずもないものを・・・。
衰える美貌だの、劣る感覚だの体力だの、恋愛や結婚だの、子産み問題だの、そんなおとなの女ならではの焦りや悩ましい出来事を愚痴るほうがどうかしているとも思うのだが、思わずポロリと口から出たそんな話題のリアクションとして、シワよりニキビが悩みな若さで、箸が転がってもラッキョウが転がってもまだ笑えるだろオマエってぐらいのハタチそこそこの小娘に、「そんなことないですよ~、まだまだ『大丈夫ですよ~』」と軽々しく言われるのが、ほんとにハラワタ煮えくりかえるのだ。

「そんなこと!」ってどんなことか、あんた経験したことあんのかぁ~、
「まだまだ・・・」「大丈夫」って、おのれ、生きてる年数あたしより少ないくせに、何を根拠に言うとんね~ん、
そもそも「大丈夫じゃない」とも「生きすぎちゃった」とも誰も言っとらんのに、なに勝手に先回りしとるんや~!

と、奥歯をギリギリさせながら、江戸っ子のくせにこころの中ではなぜか関西弁で舌を巻いて、ついでに大蛇のようにトグロも巻いて、まさに逆鱗を逆撫でされた気分になってしまう。

さらに、大抵そういうことを言ってくれる彼らは、まったく悪気が無いのだ。

嫌味や、盛りを過ぎた女性への侮蔑の意味でそういうことをあえて言っているというニオイがすれば、あたしだって阿呆じゃないもの、「あっ、お子様にごめんなさい!おとなの話を」ぐらいのイジワルのひとつぐらい言ってやるものを。

大抵の場合、あきらかに善意なのだ。
理解できないけど何か敬意を表して相槌打たなきゃ、というリアクションなのだ、ってところが、さらに惨めな気分に追い討ちをかけ、わかっちゃいるのにカチンときている自分の小ささにまたまたいたたまれなく、気持ちのやり場に困り、穴が無ければ自分で掘って埋めてしまいたい気分になるけど、埋めるにはデカ過ぎる腹立たしさで。

落ち着いて考えれば、自分だって若かりしころ多分、自分自身がそこへ達したときが想像もつかないほど年上の女性にそんなようなことを口にされたとき、よくわからなくて困っちゃっうけど、とにかく何か励まさなくちゃって思って「大丈夫ですよ」とか「これからですよ」とか軽々しくたくさん言ってきたかもしれない・・・。今だって、無神経に一人前のおとなのつもりで言ってるかも知れない。


考えると恥ずかしくっていたたまれなくって、でもセツない「大丈夫ですよ」。

「どうも」とおんなじぐらい便利で口にしやすいですけど、若人の諸君、お気をつけあそばせ、

「大丈夫ですよー。」


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