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2008年1月

レシート

レシート
カバンの中から、ドラッグストアのレシートがでてきた。


えっ?あたしミネラルウォーターなんて買ってない!
こりゃ、打ち間違いだ。
クレームつけてお金返してもらわなきゃ!

とはりきって、よく見たら、
担当が「冷水」さんというお名前だったという意味の印字だということに気がついた。

何だか、その下の行も、

アリエールガンコイッテツ
と読めてきてしまい。

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ロールシャッハテスト

家庭菜園で、育ちがよくなかったので、あきらめてあまり手をかけずにほおっておいた人参を掘り出してみたら、大変なことに。

20080128ninjin

自然のままにまかせた結果、あるがままの姿。

にんじんや大根を売ってるみたいにまっすぐ1本にきれいに育てるのは、よーく耕して、途中で盛り土なんかして手がかかるわけですが、そもそも、まっすぐ1本であって都合がいいのは人間の方なのではないか。


人間社会では、「そういうもの」だという風に社会に刷り込まれて成人して、「ふつう」の結婚をしてみて、その生活の違和感からはじめて自分の本来の自然な性的指向に気づき、悩む人が多いという話を聞いたことがあります。
だから、カミングアウトして後ろ指さされがちになっているようでいて、実は自ら気づいて自らカミングアウトできる勇気と環境があるひとは、むしろラッキーなほうで、そうした人の水面下で正直に自由に生きることが難しい状況となってしまってからどうにもならずに苦しんでいるひとのほうがたくさんいるという。
過保護に型にはめて育てられて、外見「ひとなみ」で美しく見えても、実はそれが幸せかどうか・・・

えっ?何の話?

しっかし、左のかれはご立派なかんじで恐れ入りました。

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変な忘れ物リスト

こどものときから、お遣いを3つ頼まれるとそのうち1つは忘れてくる子だった。
どうも集中力の分散能力に問題があると思われる性格。

よって、よく忘れ物をする。特に電車の中。
お店とか劇場とか、そういうところを出るときは一応「別の行動もしくは場所へ移る」という切り替えの意識がどこかあるし、前述の自分の性質もよく自認しているので一応注意が行き届く。(とはいえ、酔っ払ってよく携帯電話だの外した時計だの忘れるんですが。)

しかし、電車の空間というのはその意識がどうも中途半端になるのだ。
移動中で動いている緊張感があるようであり、でも実際自分は静止していて、車両という部屋のようなところに身をおいているような状態でもあり。
今までせっせと歩いたり階段上ったりして「動」状態から車両に乗り込んで、急に体は「静」の状態に切り替わり、移動中=落し物や置忘れをすると物だけがその場にとどまってしまう状態、という緊張感を忘れ、ついついほっとしてしまうのである。
その上私は心配性で「これも必要になるかもー」とついつい荷物が多めのタイプ。その癖ガマンが嫌いで、重い荷物をちょっとの間もっているというのがわずらわしくて、すぐ網棚に乗せてしまう。

そうして、空いた両手の退屈にまたまたガマンが出来ずに、本だのケータイだの車中観察だのつい別のことをはじめてしまう。そして先の集中力分散の問題の登場である。

メールだの、読書だの、妄想だのほかのことに夢中になって、すっかり網棚の荷物のことは忘れるわけである。
そんなこんな、歴代の(?)忘れ物たちを思い出していたら、車中に限らず、みょうちくりんなものばっかり忘れていることに気がついた。

【おしゃれバッグ・・・3歳ぐらい】
記憶に残る生まれてはじめての忘れ物。
電車の中では無いが、マンションのモデルルームに置いてきた。
おもちゃのメークボックス型の赤いバッグだった。中にはおもちゃのコンパクトや手鏡やお化粧道具がセットされていたと思う。
おんなのことしてとっても大切な宝物だったのでものすごくショックで、帰り道に「忘れた!」と気づいたときの衝撃が、今でも鮮明な映像で記憶がよみがえってくる。
「おんなのこ」の象徴をわすれたようで、とってもショックだったあの頃のわたし。
いまじゃ、年中おんな忘れっぱなしの感。

【グンゼのパンツ・・・小学6年生】
就学旅行にて、大浴場の脱衣場に脱いだパンツを忘れた。
就寝前の自由時間に、ビニール袋に入れられ「誰のですか?」と各部屋を回覧、皆の目にさらされた後、無事手元に戻る。

【バドミントンのラケット・・・高校時代】
部活の練習に出かけたのに、肝心のラケットはひとりで小田急線の終点、江ノ島まで旅してしまった。部活を休み先輩におこられ、何のために出かけたのか意味の無い1日だった。

【赤いダンスシューズ・・・19歳の春】
タイトルにすると、なんとも青春の思い出っぽくてかっこいい。でも、丹沢山系にほど近い「本厚木」というところに行き着いていることを知り、1時間近くかけて迎えに行き、駅員さんに「赤いダンスシューズ」と中身を説明するのが、こっ恥ずかしかった乙女のおもいで。
なぜ、ダンスシューズって?あの頃何を血迷ったのか、3ヶ月ほどソーシャルダンスの同好会に所属していたのです。何を隠そう、基本ステップならワルツを踊れるわたし。某3大学で開催していた3大戦の新人ワルツの部で8位入賞の賞状がどこかにあります。

【中身の入ったお弁当箱・・・23歳】
新人社員の当時、日比谷に千代田線で通っていたが、お弁当だけ千葉県も程近い終点の北千住まで行ってしまった。中身が生ものだったのでお昼休みに北千住まで往復し取りに行ったものの、食べる時間が無くなってしまい、上司の情状酌量で特別に休み時間を延長してもらい10分で食べた。
後々しばらく飲みの席のネタにされた。

が、もっとうわ手の今の職場の元上司は、キャバクラに愛妻弁当を忘れ、しばらく奥さまにお弁当を作ってもらえないというピンチに泣いていた。

【トカゲ・・・37歳】
ついに、やってしまった。その模様はこちらをどうぞ。
おかげさまでこれがトラウマとなり、網棚に荷物を乗せても何も忘れていません。

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インタビューされたら妄想

昨夜、23時のニュース番組で、朝青龍についてどう思うかの街頭インタビューが流れていた。
ギロン、ハンロン・・・ってやつ。

あれを観る度に、もしも私が新橋の機関車の前でインタビューされたらどう答えようかという妄想にふけってしまう。
どうしよう、時事ネタ弱いからその日のためにやっぱり新聞購読は再開すべきかもしれないと思うときがある。あほですわ。

朝青龍の件についてだったら、すごいいいこと言えたのに。放映された自信あったな!(あほ)

大好きな内舘牧子さんのご意見には、大共感。
わたしも朝青龍が好きだった。

お相撲はそれほど詳しくないので、技量の凄さのほどはよくわからないけど、あの圧倒的な強さといい、ヒールな存在感といい。
でも、ダァーとかグォーとか言っててアンタ脳みそまで筋肉かと思わせる従来の悪玉衆のイメージとは違い、しゃべれば流暢な日本語で賢そうな雰囲気とのバランスが何とも魅力的だった。
ヨコヅナ オブ ヨコヅナ、ユーアーザチャンピオン!って感じだったのに。

憎たらしさの中にも悪玉の品格があると勝手に買被っていたイメージは、今回の騒動いろいろでガラガラと音をたてて崩れ。
「嗚呼~、やっぱりつまるところ外国人力士に、『日本のこころ』の世界を理解するのは難しいのかしら。」とさえ。

「強ければ何でもいい。」だったら他の格闘技やればと思う。
かといって「心・技・体」の「心」の部分を実直に追求するならば、ほかの武道がある、「剣道」とか「柔道」とか。

他の格闘技とは違うお相撲の魅力は、単なる「スポーツ」っていうのではなく「武道」っていうほど堅苦しいだけじゃなく、「懸賞」とか「星とり」とか「番付」とかちょっぴり博打っぽい要素があり、加えて髷とまわしとか土俵入りの型とか 儀式やビジュアルとしてSHOW的要素もあわせもっているところだ。

プロレスだっていわばSHOW、見世物というか芸能要素が強いけど、お相撲はさ、ただただエキサイティングに!っていうのではなくて、伝統に裏づけされた品格とか、強者ならではのこころいきとか、ストーリーとかがほどよく見え隠れするところに、ほかの格闘技や武道にはない独特の味があるのだと思う。
格式高く、「見られ」ながら、美しく闘うといったところかしら。
この要素がバランスよくブレンドされた独特の世界がおもしろい。

前に、が~まるさんのライブの話で「粋」ってぇことを考えてみましたが、この「粋」っていう感覚の加減に似ているなと思う。

内舘さんの言葉をお借りすれば、朝青龍は数十年の逸材とも言える素質と力量をもっていたのだから、この強いだけじゃないヒールなだけでもない、でも品行方正なだけじゃない、っていう「粋」な加減を、いい意味でしたたかに貫き通して欲しかったなと思う。

嗚呼、昭和のヒール北の潮、教えてあげて。

自分で書いてて、興奮してきました。すっごい読みたくなりました。

おかえりなさい朝青龍

おかえりなさい朝青龍」をさっそく買いに行きまっす!

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しあわせ商法

霊験あらたかと噂の高い「幸せの鈴」なるものを受かろうと、同僚がとある有名神社に初詣に出向いたとのこと。ひとつ千円なのだが、こっちは恋愛成就、こっちは健康、これは金運・・・といろいろご利益別においしい文句でPRされており、言われて見ればあれも気になるこれも気になると、気がつけば5千円ほど散財してしまったと言っていた。
バナナの叩き売り式に、幸せの叩き売り。

幸せになるお札
幸せになる石
幸せになるお守り袋
幸せになるバンブー
幸せになるお財布に入れておく蛙
幸せになる野いちご
幸せになるケータイストラップ
幸せになる絵本

かつてうちにあった幸せグッズラインナップ。
自分から手を出したものもあるが、大抵ひとに勧めらられる。

「あべこさん!これ幸せになれるらしいですよ。」
「きゃー、ほんと?どこで手に入るの?」

なんてそのときはありがたく興奮して手に入れんと奔走したり散財したりするのだが。
よくよく考えたら、こんなにエネルギー使うほどそもそも私は不幸じゃなかった。
よく勧められるけど、はたして端から見ると私はそんなに幸薄く見えるのか?

ひとり身だって、十分幸せです。別に不幸ではありませんったら!!

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かぞえで、

ところで、お寺で鯛といっしょにもらった暦をみる。

私は昭和44年生まれの四緑木星、今年は衰運、真っ黒星の運勢だ。嗚呼。
っていうか、

20080111shirokumokusei

ん?

今年かぞえだと、自分が四十だということを知りました。
まあ、近年は1歳や2歳の年齢の違いなんて、あまり気にならなくなっていて、自意識では、自分のことをだいたい40歳ぐらいのひと、と認識して生活しておりましたが、こうして公のものに、はっきり「四十」と書かれると、あらためて感慨深いものがあります。
あれよあれよという間にわたしも四十女でございます。

でもいやよねー、30代だと「三十路」なんて哀愁ただようもののちょいと気の利いた呼び名があるのに、
「四十」だよ、「しじゅー」って。「しじゅーかた」とかしか浮かばない。


にしても、この暦の挿絵おもしろ過ぎ。

20080111nikokudosei

まあ、これはわかる。昨年からの衰運引きずって前半黒星で後半から運気上昇。雪どけの合間からあたらしい希望の双葉が芽生え。

20080111roppakukinsei

なんで、鳩に餌やってんのか?と思ったら、
「今は調子づいてても、足元すくわれ再就職などの転換期になるから注意」って書いてある。

リストラされて、行くところないけど家族の手前いつも通り出掛けてはみたものの、途方にくれて鳩に相談の図。
しょぼくれた表情に、なんとも雰囲気が出ています。六白金星のあなた!気をつけて。
鳩にもみなさん、気をつけて!


あらら、一白水星の方残念ながら本年は「衰運の八方塞りの運気です」とあり、

20080111ippakusuisei

八方塞って、MRI入っちゃってます。


この挿絵、毎年どなたがお描きになってるのかとても知りたい。

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日本昔話のようなお正月のできごと

遅ればせながら、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて遡って、お正月三箇日の出来ごと。

横浜の菊名駅から遠回りして自宅へ向う途中に、前々から気にはなっていたのですが境内に足を踏み入れたことのなかった、とあるお寺があります。
新年参詣ムードで入り易そうな感じがしたので、先日通りかかったついでにちょっと立ち寄ってみることに。

歴史がありそうな立派で大きな門柱をくぐって境内へ入ると、

思いのほか、荒れて寂れていた。母屋らしき建物の横には、ずいぶん前の祭事の名残であろうか、色あせ煤けたのぼりやら飾り物が乱雑に積みあげられている。お正月だというのにひと気が無く、参堂から少し離れた壁が崩れた墓地からひっそりとお線香の煙と香りがただよっている。
何の宗派だろうかと、茶色く日に焼けた古い張り紙がいくつかある掲示板を眺めていたら、突然後ろから「こんにちわ」と声がしたので驚いた。

振り向くと参道を挟んで向こう側の母屋の扉がいつの間にか開いており、真っ黒な墨の僧衣姿のお坊さんが手招きしながら立っていた。
金糸や紫とかのあでやかなやつではなく、中尾彬が着たら似合いそうな感じの昔話かドラマでみるような古典的な墨烏色の僧衣。
寂れたお寺の雰囲気とやたらとマッチしていて、ちょっとビビッた。

「・・・差し上げますから、どうぞこちらへ」と呼ばれるままに、少々おののきながら歩み寄り「寒いですからこちらへ」と導かれるまま母屋の土間へ。

「よろしかったらどうぞ。」と手渡されたのは、よく年末年始に配られる九星の今年の運勢が書かれている御詳暦の冊子と、それから紙に包まれ紅白の紐がかかった折だった。ずしりと重い。きっと正月振る舞いの紅白餅だと思い、遠慮なく頂戴することに。

古風なこのお坊さんはほんとうに「生身」のお坊さんだろうか?幻だったりして・・・(と思ってしまうような雰囲気)と警戒しながら、どこからいらしたんですか?はじめてですか?お仕事は?ご出身は?と柔和な笑みでちょっとKYモードで尋ねられるままに答え。
何だか話が長くなりそうな・・・どこで切り上げようかと思い始めたところで、タイミングよく母屋の奥で電話がなった。「あ、ちょっと電話なんで失礼しますね、また来て下さいね、上のほうにはタイから来たお釈迦様なんかもありますから・・・」と、お坊さんは奥へ消えていった。ちゃんと足もあったしお化けは電話に出ないだろう、急に現実に引き戻された気分で、あーよかった話が長くならなくてと、ずしりと重い折を手にそそくさとお寺を後にした。

このときそもそもは、正月実家で過ごす荷物を取りに行くためにひとり自宅に向かうところだった。
あわただしく荷物をまとめ、さっきの餅は重いし自宅においておくかとも思ったが、一応中身を確かめて見ようと包みをとくと、

20080108tai

なんと!中身は立派な尾頭付きの鯛だった!!(お釈迦様の出身地タイではなくて魚の。)
え?私檀家でもないのに、見ず知らずのひとからこんなものもらっていいのか?

と思いながらも、生ものを放置するわけにもいかないので、カバンに詰めて実家に持参することに。

実家に帰って開けたらやっぱり餅だったりしてー、とか日本昔話みたいな想像をしてみましたが、やっぱり鯛だったので次の日の朝、潮汁にして家族でいただきました。

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