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2009年10月

かもしれない。その2

思いがけない、アラフォー女子の再会。
二人目は高校時代の同級生。
一時期、電車通学の帰りの方面が同じだったこともあり、いつもいっしょで時には寄り道で家に招くほど仲良しだった。

でも若者の移り気っていうのは残酷なもので、クラス替えがあったり、それぞれ目の前の新しいことに夢中になっているうちに、理由もなくなんとなく顔をあわす機会が無くなってそのまま卒業してしまった。
それでもわたしの中では、気取らなく元気いっぱいだけど、思慮深くさりげなく周囲に気を配ったりする彼女が大好きで、印象深く、時おりあの子はどんな大人になったんだろうと疎遠になってしまったことを後悔していた昔の友人のひとりだった。

だから、今の住まいのすぐ近くのいつものスーパーの角で、「もしかして、あべちゃん?」と彼女から声をかけられ振り向いたら、瞬時にものすごく懐かしくて会いたかったぁ~という感激がこみあげてきた。
でも、その感情だけがカッと胸を高鳴らせるが、名前が出てこない、誰だかわからない!えっ、えっ、このひとすごい会いたかったひとなのに、この懐かしい雰囲気、えっとえっと・・・

「あたし、ケーコだよ。覚えてる?」と彼女。
「きゃー、えっ、えっ、ケーコちゃん?!うれしー!!こんなところでまさか会うと思わなかったから、あたしはぜんぜん気付かなかったよ!!声かけてくれてありがとう」

それもそのはず、もともと互いにどちらかというと化粧っけもなくガハハと色気のない元気いっぱい女子高生、というタイプだったが、スラリと背が高くもともと目鼻立ちもくっきりとしていた彼女は、聞けば今はなんとスチュワーデス。
これから近所の友人宅に訪ねるところで、普段着とはいえ小綺麗にしいてとっても美しかった。あのころの姿からうって変わって見目麗しい大人の女性に成長していた。

一方、あたしといえば、近所の整体に腰痛直しに行った帰り道で、どうせ夕方の暗がり、自転車で突っ走れば誰も見ちゃいないとばかりに、整体院でいちいち着替えるのもめんどくさいので、ゆるゆるの寝間着同然のジャージー姿で、ぼさぼさ頭にヤワラちゃんちょんまげという出で立ち、眉のうすいスッピン顔には多分60分間うつぶせになっていた輪っかの枕の跡がクッキりついていたと思う。

「うん、あたしもまさかこんなところでとは思ったけど、阿部ちゃん、ぜんぜん変わってないからさ、ぜったいそうだと思って。」

嗚呼、こんな変なかっこうで「変わってない」とはこれいかに・・・

すごいじゃないっ!スッピンで40にして、17歳の頃と変わってないって!!
きゃースッピンが役に立った!

って、思おう・・・(苦)


そんな一抹の居心地の悪さは、まあもうそれどころじゃないっ!

「えぇぇ?もしかしてご近所?」
「いつ頃から?」
「何丁目あたり?」
「きゃぁ~じゃあ、もしかしたら既にどっかですれ違ってかもじゃん!」

当時互いに住んでいたところとは全く別の場所での、なぜか互いに自転車にまたがったご近所モードでの再会に興奮。

どうして、まったくこんなところで会うのだろう。

どうして、って大抵決まってるじゃない・・・
このあたりは、高齢化も進んでいる一方で、まだまだ若年ファミリー向けの手頃なマンションが乱立する地域。
きっと・・・

お互い、聞きたくて聞きづらいあの質問。

一拍置いて、あちらから口をひらいてくれた。

「それで・・・結婚されて今はこの辺に?」

「って、言いたいところなんだけどさー、ひとりで住んでるのよー。ボロいけどそこのマンション買ってね、着々とひとりで行きてく道まっしぐらって感じ。」
とわたし。
何だか言い訳をするみたいに、聞かれてないことまで答えてる自分がちょっと情けない。

「ケーコちゃんは?結婚されて?」

「えっとね、わたしはね、えっと結婚は一度もしてなくて、実家がこっちに移って親と住んでるの。」

うーん!わたしはこのケーコちゃんの「一度もしてなくて」という言い回しにちょっと感動した。
そうして、当時と変わってないまわりを気遣う優しさや聡明さがうれしかった。
そうそう、わたしはケーコちゃんのこういうところが好きだったのだ。

そういや、以前の住まいの隣人に世帯人数をただ聞きたくて「おひとりですか?」ときいたら初対面にもかかわらず、何を勘違いしたか先走っていきなり離婚歴の話をされて面食らったことがあった。
ケーコちゃんは仕事の都合か何かで確か欠席だったけど、10年前、30歳の記念に開かれた同窓会では、まだ独身が多いなか既に2回も結婚して、2回目も離婚しそうな子もいたっけ。

私だって、年代やその日たまたま着てたかっこうで、奥さんだと決めてかかられて応対に困ったり、ときにはやっぱあたしって人並みじゃないのかしら、なんてちょっと傷ついたことが何度もある。

もう40年も人生やってるおとな。すごいおとな。
ケーコちゃんだって、いろんな人に接していろんな思いや考えることがあって、きっと選んだ表現なんだろうな、と勝手に想像をしたら、互いに違う道でいろんなことを経てきた長い年月に思いがはせられ、でもそれをアウトプットするトーンは期待を裏切らない、やっぱりあの子だ!という変わらない一面が見え隠れしたりするのがとっても素敵だなと思った。

そうして、ふたりは日をあらため、この住宅街の雰囲気には似つかわしくなく、近所のちょっとアウトローな雰囲気のバーに「実は前から気になってたんだよねー」「あたしもー!今日は行っちゃう?」と調子に乗って自転車で乗り付け、いつもなら開けられない扉を開け、若者たちに「おねえさんたち」的扱われ方の中、深夜まで女子高生にもどったときのようにきゃっきゃっとおしゃべりに花をさかせたのでした。

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かもしれない。

ちょっと前だけど、仲良しだったのに10年単位でご無沙汰をしているうちにきっかけを失い、このままだともしかするともう会うこともないかもしれない、と思っていた同級生とのうれしい再会が続いた。

一人目は、女子大生時代の友人。
彼女が地方の実家に帰ってしまったこともあり、いつしか年賀状のやり取りのみになってしまっていたので、思いがけず彼女が東京に行くので会わない?と連絡をくれたときはうれしかった。

変わってしまってわからなかったらどうしよう、と思えるくらい久しぶりだったので再会の感激とともに、どうしていたのか聞きたいことは山ほどあるが、学生の頃みたいに今でも親しく込み入ったことをズケズケ話してもいいのだろうか、という緊張感が少しだけ互いにただよう。

仕事はどうしてるの?ご家族はお元気?○○ちゃんとは連絡とってる?うれしくて興奮気味にあれこれ近況を報告しあいつつ、
でも、互いに多分いちばん気になってるけど、なんとなく言い出しにくいあの質問。

毎年の年賀状で、苗字が変わってないことは知っている。
でも、お互いもうおとな。すごいおとな。
アラフォーともなれば、型どおりの身の上を選んでいるとは限らない。

たくさんしゃべって、若いころの距離にちょっともどった感じがして、安心したところでどちらともなく、さりげなさを装って・・・。


「でさ、決まったひととかは、いるの?・・・」

「・・・それがさー、まったく。」

「あたしもぉぉぉ!」


この一言でなんだかお互い一気に緊張がとけ距離が縮まった。ちょっと悲しいアラフォーの共感(^^;

そうして、話題は第1幕「近況や思い出話」から、第2幕「アラフォーの結婚、恋愛事情」へ移り、さらに盛り上がりをみせる。

一抹のさみしさや味気なさを感じながらも、すっかりひとり気ままが楽しくもあり、誇りでもあること。
ゆえに、あきらかにチャンスが減っているというのに今さら相当しっくりくる相手じゃなければ、いっしょになる気になれそうもない困った思い。
そんな微妙な気持ちを知ってか知らずか周囲からの、特に一部既婚者女子からの、何が何でもその年なんだから結婚するのが当たり前的な、決めつけるような、あるいは憐れむような、優越感みえみえの上から目線の鼻白む言葉や扱いの数々。
とはいえ衰えていく若さや、年老いていく親の姿を感じるたびにこころをよぎる、我が道をつらぬく自信が萎えそうになる不安。


そんなことを、オーダーしたお茶が空になって、店員が嫌味まじりにお水を換えに来るのも気にせず競うようにしゃべりあった。

ふと、語っていて気付いたことがある。

ついこの間までは、この手の話は「もしかすると結婚しないかもしれない・・・」というモードだったと思う。

気が付いたら、いつの間にか自分の中で「万が一結婚することがあるかもしれないし・・・」という前提で話していた。

嗚呼!


そうして、しゃべりつくしたバブル世代ふたりは、盛り上がり勢いで銀座のど真ん中でまっ昼間にカラオケへ行き、あの頃サークルのスキー合宿で白とピンクの知世風ワンピースで決めていた彼女は聖子ちゃんを、真っ赤なルージュにソバージュ頭で背中が焼き豚みたいになったボディコンワンピーを着て六本木へ遊びに行っていた私は明菜を、その日は若人に遠慮することもなく、2時間熱唱して、次の再会を誓って別れたのでありました。

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仁丹

仕事の合間に同世代の同僚との茶飲み話で、80年代後半~90年代前半(そう、バブル期)のなつかしいものの話で盛り上がった。

「そういえばさ、仁丹って見なくなったね。」


そうそう、私が若い頃はおっさん世代なら定番のように、背広の内ポケットに銀色のつぶつぶが入った紙の小箱が入っていて、オジサン臭っていえば仁丹臭だった。

今みたいに駅の売店に、あんなに沢山携帯に適したスティック状に包装された飴だのガムだのは種類がなくて、キオスクで買うおやつといえば、コーヒー牛乳、キャラメル、板ガム、そして仁丹が代表格だった。

あんなに確たる市場を獲得していた仁丹はどこへ行っちゃったんだろう・・・

「まあ、今で言うフリスクみたいな感じで、みんな持ってたよね。」
って誰かが言った。


そうだ、フリスクだのミンティアだの、言ってみれば、ナウい仁丹みたいなもんだ。
ガイジン仁丹。

まさに、


SHARPENS YOU UP !

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