カテゴリー「おひとりさま、思いをはせる」の記事

とら


お年賀状をお出しできなかった皆さまへ、こちらで失礼をいたします。

Tora3

ご好評をいただいた今年の年賀状、
マドンナ吉永小百合に自分の顔を重ね合わせる図々しさご容赦ください。

1年前にも同じことを書いた気がしますが、性懲りもなく一応決意、
今年はせっせと更新するぞ!おおっー!!

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残念男子

残念男子の○○くんがね・・・」

と先日同僚が、何気なく発した言葉である。

その○○くんのイメージを思い浮かべ、なんともウマい形容と感心してしまった。


最近「残念な子」とか「残念な男」とか、そういう表現がちょっと流行ってるみたいで、明確ではないけど「天然ボケ」っぽい意味がどうやら強いようだが、「残念男子」はちょっと違うニュアンス。


■2枚目、3枚目は問わないが、往々にして聡明で物事に対してのセンスもよく、大抵仕事も出来るほうで、趣味も広かったり自分の世界を持っていたりしてなかなかイイ男子である。

■コミュニケーション能力も比較的高く、優しくていい奴である、というかむしろ、すごいいい奴である。

■・・・が実は、けっこうナルシストだったり、妙なところで頑なだったりとひとり善がりなところがあり、意外と取り扱いに注意がいる。

というのが「残念男子」の要素だが、何、そんなの普通のひとじゃん・・・と言うなかれ、

残念男子」を決定づける、重要な共通ファクターは、

ちょっとめんどくさい」「ちょっと、イラッとさせる」そんな男子と定義づけてみたが、どうだろうか。
伝わるだろうか。

常にイライラさせる、いつもめんどくさい問題児はこれに含まない、ただのダメ男であるので注意。


特に、いろいろ分別ついてわきまえ方も上手になって、けっこう自分に自信もついてきているのと裏腹に、男ざかりのオス競争の真っ只中、オレのプライド維持に少々焦心ぎみなアラサー男子に多く分布しているように思うのよねー。


どうかしら、残念男子


あ、これ、友人h嬢&あべこのオリジナルだから、商標登録予定だからさ、
Tシャツ印刷するときは、ご一報くださいね。

ところで、気付いたんですが、

この「残念」具合が、個性として魅力的に見えるのを「恋愛」といい、

鼻についてくるのを「冷める」とか「倦怠期」とかいうのでしょうね。

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かもしれない。その2

思いがけない、アラフォー女子の再会。
二人目は高校時代の同級生。
一時期、電車通学の帰りの方面が同じだったこともあり、いつもいっしょで時には寄り道で家に招くほど仲良しだった。

でも若者の移り気っていうのは残酷なもので、クラス替えがあったり、それぞれ目の前の新しいことに夢中になっているうちに、理由もなくなんとなく顔をあわす機会が無くなってそのまま卒業してしまった。
それでもわたしの中では、気取らなく元気いっぱいだけど、思慮深くさりげなく周囲に気を配ったりする彼女が大好きで、印象深く、時おりあの子はどんな大人になったんだろうと疎遠になってしまったことを後悔していた昔の友人のひとりだった。

だから、今の住まいのすぐ近くのいつものスーパーの角で、「もしかして、あべちゃん?」と彼女から声をかけられ振り向いたら、瞬時にものすごく懐かしくて会いたかったぁ~という感激がこみあげてきた。
でも、その感情だけがカッと胸を高鳴らせるが、名前が出てこない、誰だかわからない!えっ、えっ、このひとすごい会いたかったひとなのに、この懐かしい雰囲気、えっとえっと・・・

「あたし、ケーコだよ。覚えてる?」と彼女。
「きゃー、えっ、えっ、ケーコちゃん?!うれしー!!こんなところでまさか会うと思わなかったから、あたしはぜんぜん気付かなかったよ!!声かけてくれてありがとう」

それもそのはず、もともと互いにどちらかというと化粧っけもなくガハハと色気のない元気いっぱい女子高生、というタイプだったが、スラリと背が高くもともと目鼻立ちもくっきりとしていた彼女は、聞けば今はなんとスチュワーデス。
これから近所の友人宅に訪ねるところで、普段着とはいえ小綺麗にしいてとっても美しかった。あのころの姿からうって変わって見目麗しい大人の女性に成長していた。

一方、あたしといえば、近所の整体に腰痛直しに行った帰り道で、どうせ夕方の暗がり、自転車で突っ走れば誰も見ちゃいないとばかりに、整体院でいちいち着替えるのもめんどくさいので、ゆるゆるの寝間着同然のジャージー姿で、ぼさぼさ頭にヤワラちゃんちょんまげという出で立ち、眉のうすいスッピン顔には多分60分間うつぶせになっていた輪っかの枕の跡がクッキりついていたと思う。

「うん、あたしもまさかこんなところでとは思ったけど、阿部ちゃん、ぜんぜん変わってないからさ、ぜったいそうだと思って。」

嗚呼、こんな変なかっこうで「変わってない」とはこれいかに・・・

すごいじゃないっ!スッピンで40にして、17歳の頃と変わってないって!!
きゃースッピンが役に立った!

って、思おう・・・(苦)


そんな一抹の居心地の悪さは、まあもうそれどころじゃないっ!

「えぇぇ?もしかしてご近所?」
「いつ頃から?」
「何丁目あたり?」
「きゃぁ~じゃあ、もしかしたら既にどっかですれ違ってかもじゃん!」

当時互いに住んでいたところとは全く別の場所での、なぜか互いに自転車にまたがったご近所モードでの再会に興奮。

どうして、まったくこんなところで会うのだろう。

どうして、って大抵決まってるじゃない・・・
このあたりは、高齢化も進んでいる一方で、まだまだ若年ファミリー向けの手頃なマンションが乱立する地域。
きっと・・・

お互い、聞きたくて聞きづらいあの質問。

一拍置いて、あちらから口をひらいてくれた。

「それで・・・結婚されて今はこの辺に?」

「って、言いたいところなんだけどさー、ひとりで住んでるのよー。ボロいけどそこのマンション買ってね、着々とひとりで行きてく道まっしぐらって感じ。」
とわたし。
何だか言い訳をするみたいに、聞かれてないことまで答えてる自分がちょっと情けない。

「ケーコちゃんは?結婚されて?」

「えっとね、わたしはね、えっと結婚は一度もしてなくて、実家がこっちに移って親と住んでるの。」

うーん!わたしはこのケーコちゃんの「一度もしてなくて」という言い回しにちょっと感動した。
そうして、当時と変わってないまわりを気遣う優しさや聡明さがうれしかった。
そうそう、わたしはケーコちゃんのこういうところが好きだったのだ。

そういや、以前の住まいの隣人に世帯人数をただ聞きたくて「おひとりですか?」ときいたら初対面にもかかわらず、何を勘違いしたか先走っていきなり離婚歴の話をされて面食らったことがあった。
ケーコちゃんは仕事の都合か何かで確か欠席だったけど、10年前、30歳の記念に開かれた同窓会では、まだ独身が多いなか既に2回も結婚して、2回目も離婚しそうな子もいたっけ。

私だって、年代やその日たまたま着てたかっこうで、奥さんだと決めてかかられて応対に困ったり、ときにはやっぱあたしって人並みじゃないのかしら、なんてちょっと傷ついたことが何度もある。

もう40年も人生やってるおとな。すごいおとな。
ケーコちゃんだって、いろんな人に接していろんな思いや考えることがあって、きっと選んだ表現なんだろうな、と勝手に想像をしたら、互いに違う道でいろんなことを経てきた長い年月に思いがはせられ、でもそれをアウトプットするトーンは期待を裏切らない、やっぱりあの子だ!という変わらない一面が見え隠れしたりするのがとっても素敵だなと思った。

そうして、ふたりは日をあらため、この住宅街の雰囲気には似つかわしくなく、近所のちょっとアウトローな雰囲気のバーに「実は前から気になってたんだよねー」「あたしもー!今日は行っちゃう?」と調子に乗って自転車で乗り付け、いつもなら開けられない扉を開け、若者たちに「おねえさんたち」的扱われ方の中、深夜まで女子高生にもどったときのようにきゃっきゃっとおしゃべりに花をさかせたのでした。

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かもしれない。

ちょっと前だけど、仲良しだったのに10年単位でご無沙汰をしているうちにきっかけを失い、このままだともしかするともう会うこともないかもしれない、と思っていた同級生とのうれしい再会が続いた。

一人目は、女子大生時代の友人。
彼女が地方の実家に帰ってしまったこともあり、いつしか年賀状のやり取りのみになってしまっていたので、思いがけず彼女が東京に行くので会わない?と連絡をくれたときはうれしかった。

変わってしまってわからなかったらどうしよう、と思えるくらい久しぶりだったので再会の感激とともに、どうしていたのか聞きたいことは山ほどあるが、学生の頃みたいに今でも親しく込み入ったことをズケズケ話してもいいのだろうか、という緊張感が少しだけ互いにただよう。

仕事はどうしてるの?ご家族はお元気?○○ちゃんとは連絡とってる?うれしくて興奮気味にあれこれ近況を報告しあいつつ、
でも、互いに多分いちばん気になってるけど、なんとなく言い出しにくいあの質問。

毎年の年賀状で、苗字が変わってないことは知っている。
でも、お互いもうおとな。すごいおとな。
アラフォーともなれば、型どおりの身の上を選んでいるとは限らない。

たくさんしゃべって、若いころの距離にちょっともどった感じがして、安心したところでどちらともなく、さりげなさを装って・・・。


「でさ、決まったひととかは、いるの?・・・」

「・・・それがさー、まったく。」

「あたしもぉぉぉ!」


この一言でなんだかお互い一気に緊張がとけ距離が縮まった。ちょっと悲しいアラフォーの共感(^^;

そうして、話題は第1幕「近況や思い出話」から、第2幕「アラフォーの結婚、恋愛事情」へ移り、さらに盛り上がりをみせる。

一抹のさみしさや味気なさを感じながらも、すっかりひとり気ままが楽しくもあり、誇りでもあること。
ゆえに、あきらかにチャンスが減っているというのに今さら相当しっくりくる相手じゃなければ、いっしょになる気になれそうもない困った思い。
そんな微妙な気持ちを知ってか知らずか周囲からの、特に一部既婚者女子からの、何が何でもその年なんだから結婚するのが当たり前的な、決めつけるような、あるいは憐れむような、優越感みえみえの上から目線の鼻白む言葉や扱いの数々。
とはいえ衰えていく若さや、年老いていく親の姿を感じるたびにこころをよぎる、我が道をつらぬく自信が萎えそうになる不安。


そんなことを、オーダーしたお茶が空になって、店員が嫌味まじりにお水を換えに来るのも気にせず競うようにしゃべりあった。

ふと、語っていて気付いたことがある。

ついこの間までは、この手の話は「もしかすると結婚しないかもしれない・・・」というモードだったと思う。

気が付いたら、いつの間にか自分の中で「万が一結婚することがあるかもしれないし・・・」という前提で話していた。

嗚呼!


そうして、しゃべりつくしたバブル世代ふたりは、盛り上がり勢いで銀座のど真ん中でまっ昼間にカラオケへ行き、あの頃サークルのスキー合宿で白とピンクの知世風ワンピースで決めていた彼女は聖子ちゃんを、真っ赤なルージュにソバージュ頭で背中が焼き豚みたいになったボディコンワンピーを着て六本木へ遊びに行っていた私は明菜を、その日は若人に遠慮することもなく、2時間熱唱して、次の再会を誓って別れたのでありました。

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優先度

もう先週の出来事ですが、ますます感染の広がりが心配されている新型インフルエンザのワクチン接種対象者の優先順の案が厚労省から発表されました。

1. 医療従事者
2.妊婦、持病のある人
3.乳幼児とその両親
4.中学生以下の子供と高齢者

以上。

そうか、

やっぱり、こどもを持たな中年は、世の中ではどうでもいいんだね、価値が無いんだね。

え?うちだって幼児はいないから同じよ!ってあなた、
もしものときは頼もしいだんな様や、もう思ったよりしっかり者になった子供たちがきっと、助けてくれるわよ!

あたしなんて、急激に夜中に発熱して動けなくなって、自分で救急車も呼べず、苦しみながら誰にも気付かれずひっそりと孤独死するんだ、きっと。

と、卑屈な気分で膝を抱えながらニュースを見た。


あっ、もちろん概ねこの優先度には賛成ですよ(^^;

個人的な一瞬よぎった悲しい気分ですから・・・
何より、感染防止に気をつけます、はい。

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エコ・マック

名指しですみません。
マクドナルド、以前から何かにつけて過重包装が指摘されがちでしたが、最近やっと「簡易包装にご協力を」といって、ビニールの手提げ袋を基本止めた模様。

でも、このただ袋を1枚止めただけ、という安易なやりかたに以前からちょっと物申したいところはありました。

外袋はやめたけど、ドリンクとポテト&バーガーは相変わらず2つの袋に分けて入れるマニュアルのままの模様。
まあ、液体がこぼれるとか冷たいものと温かいものをいっしょにしないとかいう配慮なのは察しがつくが、これがとても大迷惑。
2つの袋をつまんで片手にもつと、必然袋が斜めになってしまうので、無駄に空間があるドリンクのほうの袋は安定が悪く、必ずと言っていいほどドリンクがこぼれてしまうのです。

それで、仕方なくいつも意識的に両手にわけて持つようにしているのですが、先日は用事を済ませた足でランチを買いに立ち寄り、片手には少々荷物がありました。

それで、「すみませんが、荷物があるので袋にまとめてもらえませんか?」とお願いしたら、

「少々大きなふくろになりますが、よろしいでしょうか?」
とすばらしい0円スマイルで、

Ecomac200901213_2

バリューセット1人分の小さな紙袋2つをとっても立派なデスクいっぱいの大きな手提げ袋に入れてくれました。

「This is ECO Style 簡易包装はじめました」

の袋のキャッチが泣けます。

わかっているならエコバックをもってこいと言われそうですが、ファーストフードって便利にいつでも立ち寄れるコンビニエンスが売りのひとつでしょ、役割でしょ、と思います。
その範囲でもう少し工夫したらと。
たとえばね、バリューセット、あれっぽっちのメニューを2つの袋にわけるの止めようよ。いっしょにしていいかお客様の希望を聞くぐらいの手間、販売員に指導できるでしょ。

中になぜ?というくらい大量の紙ナプキンが入ってることがあるのも相変わらずだし。


私自身は実のところちっともエコなひとじゃないので、ちゃんとエコに取り組もうとしている姿勢にとやかく言うのはおこがましいかもしれませんが、エコ、エコと言葉に踊らされて、爪で集めて身でこぼすようなポーズばかりのエコが大嫌いです。

あんた、積水ハウスのCMの毛利さんのセリフをよく聞きなさい!と思います。
出来ることをガマンしたり不便を強いたりするのではなく資源を有効活用するのをエコというのじゃ。

工夫無き、頭の悪いエコ反対!

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NHKスペシャル 「女と男」

今日から3回シリーズで放送されている、NHKスペシャルシリーズ女と男がおもしろかった。

男女の違いを科学的に読み解くという題材。
第1回目の今日は往々にしてすれ違いがちな男女の感情ってのは、実は科学的に解析するとちゃんと理由があるっていうようなテーマ。

かいつまみ且つ私の勝手な解釈をあわせると、男はそもそも狩猟とか争いとかいつも襲撃される危険にさらされている役割を担って来た遠い祖先の習性で、やられる前にやっちまう!というベースで脳ミソができている。
ゆえに女が「なんで?」というような些細な一言や出来事でカッと心拍数が上がり攻撃モードになりやすいらしい。
まあ現代社会では簡単に衝突しているわけにもいかないわけで、カッとなりそうになると話を打ち切ったり、相手を見下したりすることで、衝突を回避してる場合が多いとな。

一方女は、姑はもちろん群れの中でうまくコミュニケーションをとって協力していかないと、単独でのホモサピエンスの特徴である長い期間の子育てに対応していくのは難しいわけで、表情などから相手の感情を読むことに長けている。
また、子育て期間中の自分と子どもにしっかり食べ物をとってきて、危険から守ってくれるような誠実なオスかどうかを見極めなければならず、相手の行動についての記憶力が発達している。
そんな女の感覚からすると、なんで私の気持ちがわからない?なんで大事な記念日を忘れちゃうの?となるわけで。

3年目の浮気ってのも、生物学的な生殖のサイクルから考えると妥当な年数らしく、実際統計的にも3~4年での離婚率が高いそうです。

番組の最後は、すれ違いがちなとあるアメリカ人中年夫婦が、コミュニケーション講座みたいなのに参加して、上から目線で妻の話をうまく聞けないダメ夫が、トレーナーに諭されているシーンが流れ、現代社会では結婚が生殖だけの目的ではなくなっており、寿命も延びて子育てが終了しても男女は長い時間をともに過ごす必要があるのだから、男女の違いを理解した一歩進んだコミュニケーション能力が必要となるのではないか、と結んでいた。

どうも、女性寄り目線の構成だなと思った。タイトルも「男と女」ではなく「女と男」だし。なんともNHKらしいような、らしくないような・・・。

しかし、女のほうがやっぱりどっか腹が座っていて、男のほうは攻撃は最大の防御なりってな感じで、それ故に相手の気持ちを察する余裕もなく、理解できない行動の数々も臆病の裏返しなのねーとか思ったら、遠い昔のあんな苦い思い出も、こんなとほほな出来事も、まあ彼らは原始的だっただけなんだなーと少々理解もできようと。(笑)

そして、原始的なゆえに、雄々しくて実に魅力的だったのよ!

と思うことにした。(笑)

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あの人の印象

「そういえばさこの間、退職以来どうしてるんだろうと思ってたAさんのブログを偶然みつけてさ、大変そうだけど元気でがんばってるみたいだったよ。」

ひさしぶりの旧い付き合いの同僚たちとのランチにて、職場を去って行った懐かしい人たちの近況について話題になった。

「えっ?Aさんって誰だっけ?」

「ほらほら、細くてちょっと2枚目で、物静かで感じがよくてさ、○○プロジェクトでがんばってた人よ。」
「あ~・・・あの人かな?何となくおぼえてるー」

と、ここまではよかった。

「Aさんに最後に会ったのって、2年くらい前の、あの人の、えっと何さんだっけ・・・えっとあの人の結婚パーティー以来だよ。あんたもいたよ?、そのパーティー、確か。」

「え?誰の結婚式だったけ?」

「ほら、あの人よ、癇癪おこしてイス投げて大騒ぎになった・・・」

「あ~、あいつねー!」

「そういえば、イスなげたあいつにもこの間会ったよ、ほら何さんだっけ、あんたが嫌いだった落ち着きがなくてさ、いっつも貧乏ゆすりしてて、声大きくてやたらうるさかった・・・あの人の送別会で。」

「あ~、あいつねー!」

「貧乏ゆすりっていえば、辞めちゃったB夫もどうしてるんだろうね。あいつの貧乏ゆすりもすごかったよねー。あのひと変わり者だったからどうしてるのかなー、ちゃんと新しい職場に馴染めてるのかな。」

「え?B夫?誰だっけ知らない。」

「え、B夫だよ!ぜったい知ってるよ!トイレの後手を洗わないって有名だったじゃん!!」

「あ~、あの企画室のB夫さんかぁ~。あの人はインパクトあったよねー」

「手を洗わないって言えばさ、1週間同じ服で有名だったあの人・・・・・」


と、気がついたら、こんな調子の数珠つなぎの思い出話になってしまった。

私も含めその席の面子の誰もが、まったくもって悪口で盛り上がろうとか楽しもうとか、そんな気はさらさらないのです。

が、時を経て名前の記憶もあやふやになりつつある懐かしい仲間たちのことを、当時を過ごした同士として、なるべくわかりやすい共通イメージで思い出を共有したい!その一心に、こころに浮かんだエピソードを口にし合ったら、なぜかこうなってしまうとは。(笑)

昔から「ひとって言うのは、百の善は忘れても、一の悪はずっと覚えているものだからね。」と信用の大切さを語られますが(うちだけ?)、ほんとに印象っていうのは、時が経てば経つほどこわいですね。

やばいな、私が思い出の人になるとしたら、どんな汚点がみんなの脳裏に浮かぶんだろう・・・

※ちなみに会話の中のエピソードはプライバシーに配慮し差し替えてますのであしからず。 ^_^;

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「30女という病」を垣間見る

さて、美容院で不本意ながらあてがわれた「VERY」。
気を取り直して、そうよ、普段だったら自分から絶対に手に取らない雑誌、
この機会を情報収集に生かしてこそ、デキル女よ!とか何かの自己啓発本のフレーズが頭をよぎり、素直に開く。

しかし、タイトルがすごい。


狙っているのは「二度目の結婚指輪」

再婚のすすめかと思ってタマげたら、そうじゃなくてダンナにおねだりする次の指輪についてらしい。
あたしなんて、一度目すらもらったことないですけど、何か?
いや、そこじゃなくてですね、気になったのは、
なぜ単なるダンナからのプレゼントじゃなくて「結婚指輪」とあえて表現するのか意味不明。

独身の友だちと久しぶりに会う日は・・・

シーン別のコーディネートみたいな、特集なんですが。
どうも「独身の」っていうところが、ひっかかるのはひがみ根性がゆえでしょうか。
いつもは着ないちょっと大胆な・・・みたいなコメントがついていて、なんだかやたら意識過剰ぎみにピラピラした女子っぽいコーディネートになっています。独身女子をバカにしてんか?あ、すみません、やっぱり単なるひがみですね。
っていうか、そもそも友だちに会うんでしょ、別に相手に媚びて作りこまなくたって、そんなときこそ一番自分が着たい「自分らしい」服を着てけばいいのにって思います。まあ、浮きたくないって心境もわからなくもないですが。

↓そして、このスタンスと相反してすっごい矛盾しているメイン特集に30代主婦の心の激しい揺れっぷりを見ずにはいられません。

「主婦らしい」私が今の誇り!

意味不明。
え?主婦は主婦でしょ、OLはOLでしょ。パラサイトはパラサイトでしょ(古っ)。
なぜか声高に大きな文字で「誇り!!!」との主張に違和感を感じ。

ほほぉ、なるほど「主婦くさい」ではなくて「主婦らしい」気品やあたたかさを醸し出してるあたしを見て!
みたいなことらしい。
でもこれ、ファッション雑誌でしょ?
エレガントに見えるようにとか、クールな私をアピールとか、アクティブに見える着こなしとか、自分の内面の一端を演出する装いとかスタイルってのは真っ当だと思うのですが、「どこそこの生徒です」とか「警察官です」とか示すための制服じゃあるまいし、なぜ「あたし主婦です!」っていう身上を私服だってのに誇示しなければならないのか、やっぱり意味不明。


どれもこれも、まったくもって意味不明!
理解不能!
ワタシ、ゼンゼン、ワカリマセンネェ~


・・・うそです。


本当は何でかこころあたりがあります、あたし主婦じゃないけど。
知っているけど、あえて目をそらしてみました。

それは、独身のわたしにも身に覚えのある共通の「病」のせいだから、多分。


その病については、石原壮一郎さん の、この本に書いてあります。

あたし、「アエラを読んでしまう・・・」どころか、「アエラに取材されてしまう悲劇」だし(笑)

「大人養成講座」で有名な著者ですが、本当は石原さんオヤジの皮を被ったオバさん(オバジ)ではないかと思うほど、30女自身である私たちも気づいていなかったというか、ひた隠しにしてきた(つもり)の、心の底にこびりついてるモヤモヤを手に取るようにわかってらっしゃる。そのモヤモヤの素を的確に深く見抜いている視点にドキリとさせられ、そしてまた理解されることの快感をもおぼえます。

「病気に例えるなんて!」「バカにしてるわっ!」と一瞬怒りたくなりますが、そんな反応を思わずしそうになる自分を冷静に振り返ると、やだぁ~皮肉ねぇ~アハハ、と笑えず過敏に反応しちゃうところがそもそもやっぱりビョー的かしらと思います(笑)
著書の中で、繰り返し「お世辞ではなく、30代の女性はもっとも魅力的」と表現してただいてますが、多分これは辛辣な指摘についての言い訳でもおためごかしでもなく(たぶん、きっと、じゃないかな・・・)、本当に愛ある視点だからこその、不快・・・いや間違えた、深い洞察による描写と思うので、病気呼ばわりもあえて許せます。
許せちゃうこころの広い私、やっぱ大人よねぇ~。
こころの広い「おとな」な私が今の誇り!!(病)

あなたも、この本読んだらきっと30女がおかしくも愛おしくなること間違い無しです。

読んで愛して!お願い。(笑)


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タイトル変えたら、

うっかり夢中になりすぎて、もう寝ます。

美容院のね、雑誌の話の続きを書こうと思ったんだけども。
もう、深夜。あした朝早いのよ。

久しぶりで管理画面ひらいたら、サブタイトルも背景も季節外れで、ちょっといじろうかしらなどと思い、
そういや、前から気になっていた、SEOも考えつつ、面白がってつけたタイトル、
今さらだけど、飽きてみたら自分でもあらためてイタすぎた、あは。

おひとり様じゃなくなったんだっ!って誤解されたいような、されても困るような、
まったく、身の上は変わっちゃいないんですけどね。

まあ、ありがちだけど意外にほかにないタイトルにしてみました。

おやすみなさい。また明日。

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