カテゴリー「おひとりさまの読書・映画・芸術鑑賞」の記事

NHKスペシャル 「女と男」

今日から3回シリーズで放送されている、NHKスペシャルシリーズ女と男がおもしろかった。

男女の違いを科学的に読み解くという題材。
第1回目の今日は往々にしてすれ違いがちな男女の感情ってのは、実は科学的に解析するとちゃんと理由があるっていうようなテーマ。

かいつまみ且つ私の勝手な解釈をあわせると、男はそもそも狩猟とか争いとかいつも襲撃される危険にさらされている役割を担って来た遠い祖先の習性で、やられる前にやっちまう!というベースで脳ミソができている。
ゆえに女が「なんで?」というような些細な一言や出来事でカッと心拍数が上がり攻撃モードになりやすいらしい。
まあ現代社会では簡単に衝突しているわけにもいかないわけで、カッとなりそうになると話を打ち切ったり、相手を見下したりすることで、衝突を回避してる場合が多いとな。

一方女は、姑はもちろん群れの中でうまくコミュニケーションをとって協力していかないと、単独でのホモサピエンスの特徴である長い期間の子育てに対応していくのは難しいわけで、表情などから相手の感情を読むことに長けている。
また、子育て期間中の自分と子どもにしっかり食べ物をとってきて、危険から守ってくれるような誠実なオスかどうかを見極めなければならず、相手の行動についての記憶力が発達している。
そんな女の感覚からすると、なんで私の気持ちがわからない?なんで大事な記念日を忘れちゃうの?となるわけで。

3年目の浮気ってのも、生物学的な生殖のサイクルから考えると妥当な年数らしく、実際統計的にも3~4年での離婚率が高いそうです。

番組の最後は、すれ違いがちなとあるアメリカ人中年夫婦が、コミュニケーション講座みたいなのに参加して、上から目線で妻の話をうまく聞けないダメ夫が、トレーナーに諭されているシーンが流れ、現代社会では結婚が生殖だけの目的ではなくなっており、寿命も延びて子育てが終了しても男女は長い時間をともに過ごす必要があるのだから、男女の違いを理解した一歩進んだコミュニケーション能力が必要となるのではないか、と結んでいた。

どうも、女性寄り目線の構成だなと思った。タイトルも「男と女」ではなく「女と男」だし。なんともNHKらしいような、らしくないような・・・。

しかし、女のほうがやっぱりどっか腹が座っていて、男のほうは攻撃は最大の防御なりってな感じで、それ故に相手の気持ちを察する余裕もなく、理解できない行動の数々も臆病の裏返しなのねーとか思ったら、遠い昔のあんな苦い思い出も、こんなとほほな出来事も、まあ彼らは原始的だっただけなんだなーと少々理解もできようと。(笑)

そして、原始的なゆえに、雄々しくて実に魅力的だったのよ!

と思うことにした。(笑)

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ファイナル

映画「花より男子ファイナル」のメディアジャックっぷりすごいですね。

でも、花男ファイナルよりこっちのニュースに私はこころが沸いています。

家政婦は見た! ファイナル
えっちゃんファイナル!!!!
嗚呼、絶対見なくちゃ。

へぇ~、なんと初回の原作は松本清張だったんですね!

そういや最近では、米倉涼子主演でやっていた、テレビ朝日系列の松本清張シリーズドラマ「黒革の手帳」「けものみち」「わるいやつら」の3部作は全部ビデオに撮って何度もみちゃったわー。

わたしよく、将来えっちゃんの「家政婦」みたいなおとなになりそうって自分で思うこともあるし、ひとにも言われるのよねー。
夫も子供も貯金もない・・・おせっかいがもとで面倒ごとにいつも巻き込まれ・・・

どっちかっていうと、よねっちみたいになりたいですけどね、どういこと?

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訂正、平均寿命

先日上げたこの記事。ふとちょっと間違いに気がつきました。
平均寿命とは、発表された時点で生存している私達が生きる可能性がある平均年齢ではなく、その年に生まれた新生児が平均何歳まで生きれるか、という統計値だということを思い出しました。

調べなおしたところ、

現在アラフォーと言われる世代に当てはまる、昭和45年の平均寿命は、74.7歳。
1994年ごろ、等身大のストーリーとして「29歳のクリスマス」に共感していた世代と思われる10歳年上のお姉さま達が生まれた昭和35年の平均寿命は、70.2歳。
おお、やはりそれでも4歳半ぐらいしか伸びていないのか・・・ほっ。(?)

というよりも、

す、すごいね、今年生まれた赤ちゃん達は、統計上は私達より10年も長く生きられるんだ・・・

でも、来年100歳を迎えようとしている、健在のうちのおばあちゃんが生まれた年の平均寿命は推定で44歳ぐらいだし。

「ひでちゃん、ロクでもないおとこと一緒になるくらいならひとりでいるのがいいさ。」
と唯一説得力あるあふれる貫禄でいつも言ってくれるのも、このおばあちゃんだし。

まあ、統計だのひとなみだの気にせず!

先送りオーライってことで。(笑)


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余韻。Around・・・・

先々週 Around 40が終わってしまった。
金曜の夜のこの喪失感といったら。
どの番組を観てもなんとも物足りなくておちつかない、そうだ最終回をもう一度観よう。
たしか5度目だ。

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ところで、15年近く前、平均20%以上の視聴率をたたいて話題になったドラマは、
29歳のクリスマス」(1994年フジTV)だった。
このドラマでもやはり主人公の友人を松下由樹が演じていた。

1991年には「ヴァンサンカン・結婚」(フジTV)なんてタイトルのドラマもありました。

1994年の日本女性の平均寿命は83.0歳。
2008年発表では85.8歳。この14年で3歳も伸びていない。

でも、おんなの「おとしごろ」のトレンドは確実にひと世代分先送り。

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「Around 40」 最終回

私のご意見番的存在の親友と数ヶ月ぶりに会っておしゃべり。

開口一番、

「あべあべはもちろん『Around 40』にははまってるだろうと思って、今日どうしても言っておこうと決めてきたことがあってね。」

「言っておくけど、天海祐希はきれいどこだし、医者だし、お金持ちだからね。現実から目を逸らさないようにね。ご縁のある独身男性がみんな藤木直人みたいにかっこいいとは限らないから。」

はい。ごもっともでございます。
ドラマがうまくいったからって、わたしの人生もことがばら色に進むとは限らないこと、しかと重々胸に言い聞かせました。
夢と現実を履き違えないよう、明日からも精進いたします、はい。(反省)


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久しぶりに、とってもよく出来ていて最後までたのしいドラマだったわぁ~。

ビデオを撮り損るとビールとおつまみを片手に、いっしょに鑑賞しにうちにやって来るのが毎週金曜深夜のイベントになりつつあった近所に住む友人と、最終回が近づくと結末がどうなるのか予想しあったりして、女子高生気分で盛り上がったりしましたが。

納得の結末で最後まで「よしよし、そうだ、そうだ。」とがっかりさせない展開でした。

「ちっ、何だやっぱり落ち着くところは『結婚。ちゃんちゃん。』かよ。」となるかと思いましたが。
結婚させないハッピーエンドってところが、とっても独身アラフォー女子を勇気づけます、慰めます(笑)


キーセンテンスで大事な展開ごとに出てきた、主人公の決めゼリフ、

「わたしが幸せかどうか、わたしの幸せはわたしが決める。」

おそらく、みんなそんな風にこころのどっかで繰り返しながら、いろんな決断をして人生をすすめて来て、それなりに自分のやり方に自信をもってやってきたはずだけど、
年齢を重ねたところで、それによって手放してきたものや後回しにしてきたもののいろんな「リミット」がリアルに迫ってきて、もう一度「ほんとにいいの?」って揺れるお年ごろなんだと。
20代のころに、そういうものだ、それが一番だと思って堅実にやってきたつもりのひとも、それが長い年月を経てマンネリ化したり壁にぶちあったりして、ほんとにいいのか?と。

そこで、もう一度繰り返させるこのセリフ。

前半のアラフォーならではの切ない周囲からのお取り扱われ方とか、こころの迷いとか、その辺の描写も、それからそれぞれタイプの違う3人の女性の視点で構成されているところも、本当によくできたドラマでした。

すばらしい脚本をお書きになった橋部敦子さん、ちょっとお調べしたらやはりアラフォー世代ど真ん中なんですね。
どうりで、等身大で共感できる(×。だから、主人公は医者で美人なんだってば!(笑))ディテールが盛りだくさんなわけですね!

あと、余談ですが大塚寧々が40歳にして35歳を堂々とかわいく演じていたのも勇気づけられましたわ!
あ、いや、寧々ちゃんは女優さんだし、もともとおきれいですからね、はい、はい、肝に銘じます。

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萌え萌え、多摩川絵地図

鳥瞰図とか断面図の類が大好きだ。

通常、何かに遮断されたり空間の広さゆえに全様を見ることができないものを一望できる図に、想像をはべらすことに興奮を覚える。

航空写真はもちろんだけど、
地図とか、間取り図とか、人体模型図とか、絵本の町や建物の全体を大きく描いた見開きページとか。
あと、ドリフの長屋コントも好き。

そんな私が最近どきどきして何度も眺めているのが、これ。

20080526tamagawa1

「多摩川 散策絵図 (村松 昭 作)」

装丁は一見、普通のオーソドックスな地域地図のようですが・・・

20080526tamagawa2

この地図、広げると我が家の短い廊下なんか突き抜けて、玄関から居間まで届くほど長い長い・・・

実はこれ、正確な位置を知るための精密な地図ではなく、

20080526tamagawa_kakou

ページの一番下端は、東京湾に注ぎ込む多摩川の河口から、


20080526tamagawa_genryu

一番上端は山梨と埼玉の県境「笠取山」の源流まで、
沿岸のややデフォルメさせた風物スケッチとともに、空想散策しながら多摩川を遡れる絵地図なのです。

私は実家も現在の住まいも東京郊外のため、毎日多摩川を渡って通勤通学するのがこどものこらから常。
見慣れたいつもの車窓の風景が鳥瞰図に落とし込まれているのはなかなかおつなもの。

20080526tamagawa_seki2

毎朝、東急東横線の陸橋通過のときに見える、気になっていたこの不思議な風景も、


20080526tamagawa_seki

絵地図で見ると、なんだか感動。

先日の記事の、ウィッキーさんとであったミステリーゾーン玉川高島屋付近はこんなかんじ。

20080526tamagawa_nikotama


おや?

20080526tamagawa_tamachan_2

なつかしい〜(笑)
時系列での風景もある意味網羅しているステキな絵地図。

村松 昭: 多摩川散策絵図―源流から河口まで (村松昭散策絵図シリーズ (4))
作者:村松 昭
出版社: アトリエ77; 改訂版版 (2004/11)

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「30女という病」を垣間見る

さて、美容院で不本意ながらあてがわれた「VERY」。
気を取り直して、そうよ、普段だったら自分から絶対に手に取らない雑誌、
この機会を情報収集に生かしてこそ、デキル女よ!とか何かの自己啓発本のフレーズが頭をよぎり、素直に開く。

しかし、タイトルがすごい。


狙っているのは「二度目の結婚指輪」

再婚のすすめかと思ってタマげたら、そうじゃなくてダンナにおねだりする次の指輪についてらしい。
あたしなんて、一度目すらもらったことないですけど、何か?
いや、そこじゃなくてですね、気になったのは、
なぜ単なるダンナからのプレゼントじゃなくて「結婚指輪」とあえて表現するのか意味不明。

独身の友だちと久しぶりに会う日は・・・

シーン別のコーディネートみたいな、特集なんですが。
どうも「独身の」っていうところが、ひっかかるのはひがみ根性がゆえでしょうか。
いつもは着ないちょっと大胆な・・・みたいなコメントがついていて、なんだかやたら意識過剰ぎみにピラピラした女子っぽいコーディネートになっています。独身女子をバカにしてんか?あ、すみません、やっぱり単なるひがみですね。
っていうか、そもそも友だちに会うんでしょ、別に相手に媚びて作りこまなくたって、そんなときこそ一番自分が着たい「自分らしい」服を着てけばいいのにって思います。まあ、浮きたくないって心境もわからなくもないですが。

↓そして、このスタンスと相反してすっごい矛盾しているメイン特集に30代主婦の心の激しい揺れっぷりを見ずにはいられません。

「主婦らしい」私が今の誇り!

意味不明。
え?主婦は主婦でしょ、OLはOLでしょ。パラサイトはパラサイトでしょ(古っ)。
なぜか声高に大きな文字で「誇り!!!」との主張に違和感を感じ。

ほほぉ、なるほど「主婦くさい」ではなくて「主婦らしい」気品やあたたかさを醸し出してるあたしを見て!
みたいなことらしい。
でもこれ、ファッション雑誌でしょ?
エレガントに見えるようにとか、クールな私をアピールとか、アクティブに見える着こなしとか、自分の内面の一端を演出する装いとかスタイルってのは真っ当だと思うのですが、「どこそこの生徒です」とか「警察官です」とか示すための制服じゃあるまいし、なぜ「あたし主婦です!」っていう身上を私服だってのに誇示しなければならないのか、やっぱり意味不明。


どれもこれも、まったくもって意味不明!
理解不能!
ワタシ、ゼンゼン、ワカリマセンネェ~


・・・うそです。


本当は何でかこころあたりがあります、あたし主婦じゃないけど。
知っているけど、あえて目をそらしてみました。

それは、独身のわたしにも身に覚えのある共通の「病」のせいだから、多分。


その病については、石原壮一郎さん の、この本に書いてあります。

あたし、「アエラを読んでしまう・・・」どころか、「アエラに取材されてしまう悲劇」だし(笑)

「大人養成講座」で有名な著者ですが、本当は石原さんオヤジの皮を被ったオバさん(オバジ)ではないかと思うほど、30女自身である私たちも気づいていなかったというか、ひた隠しにしてきた(つもり)の、心の底にこびりついてるモヤモヤを手に取るようにわかってらっしゃる。そのモヤモヤの素を的確に深く見抜いている視点にドキリとさせられ、そしてまた理解されることの快感をもおぼえます。

「病気に例えるなんて!」「バカにしてるわっ!」と一瞬怒りたくなりますが、そんな反応を思わずしそうになる自分を冷静に振り返ると、やだぁ~皮肉ねぇ~アハハ、と笑えず過敏に反応しちゃうところがそもそもやっぱりビョー的かしらと思います(笑)
著書の中で、繰り返し「お世辞ではなく、30代の女性はもっとも魅力的」と表現してただいてますが、多分これは辛辣な指摘についての言い訳でもおためごかしでもなく(たぶん、きっと、じゃないかな・・・)、本当に愛ある視点だからこその、不快・・・いや間違えた、深い洞察による描写と思うので、病気呼ばわりもあえて許せます。
許せちゃうこころの広い私、やっぱ大人よねぇ~。
こころの広い「おとな」な私が今の誇り!!(病)

あなたも、この本読んだらきっと30女がおかしくも愛おしくなること間違い無しです。

読んで愛して!お願い。(笑)


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美容院の雑誌の問題

久しぶりに髪を切りに行きました。

毎回、ひそかに意識してしまうのが、
シャンプー台から戻った席に用意されている雑誌のこと。

行きつけじゃないサロンや、はじめての美容師さんの場合、
どんな雑誌が置いてあるかで、
「ははぁ~、あたしってこういう風な印象なんだぁ。」
と、ショックだったり、鼻高々だったり。

まあ、最近ではさすがに女性週刊誌が置いてあるお店は減りましたが。
「女性自●」とか「女性セ●ン」なんかが選ばれていたりすると、
本当は、とっても見出しが気になるんですが、意地になって興味の無いフリとかしてみるわけです。

昨日は、
「VERY」と「オレンジページ」
かよ・・・・・。

JJ、CanCanを持ってこいとは言いません、
モード系とかセレブ系が積まれていますようにと、ひとかに祈っていたのです、
自己イメージとかけ離れた願望のもと。

そこのインターンの若いキミ!
まだまだ甘い!
正直すぎに気をつけなさい!!

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インタビューされたら妄想

昨夜、23時のニュース番組で、朝青龍についてどう思うかの街頭インタビューが流れていた。
ギロン、ハンロン・・・ってやつ。

あれを観る度に、もしも私が新橋の機関車の前でインタビューされたらどう答えようかという妄想にふけってしまう。
どうしよう、時事ネタ弱いからその日のためにやっぱり新聞購読は再開すべきかもしれないと思うときがある。あほですわ。

朝青龍の件についてだったら、すごいいいこと言えたのに。放映された自信あったな!(あほ)

大好きな内舘牧子さんのご意見には、大共感。
わたしも朝青龍が好きだった。

お相撲はそれほど詳しくないので、技量の凄さのほどはよくわからないけど、あの圧倒的な強さといい、ヒールな存在感といい。
でも、ダァーとかグォーとか言っててアンタ脳みそまで筋肉かと思わせる従来の悪玉衆のイメージとは違い、しゃべれば流暢な日本語で賢そうな雰囲気とのバランスが何とも魅力的だった。
ヨコヅナ オブ ヨコヅナ、ユーアーザチャンピオン!って感じだったのに。

憎たらしさの中にも悪玉の品格があると勝手に買被っていたイメージは、今回の騒動いろいろでガラガラと音をたてて崩れ。
「嗚呼~、やっぱりつまるところ外国人力士に、『日本のこころ』の世界を理解するのは難しいのかしら。」とさえ。

「強ければ何でもいい。」だったら他の格闘技やればと思う。
かといって「心・技・体」の「心」の部分を実直に追求するならば、ほかの武道がある、「剣道」とか「柔道」とか。

他の格闘技とは違うお相撲の魅力は、単なる「スポーツ」っていうのではなく「武道」っていうほど堅苦しいだけじゃなく、「懸賞」とか「星とり」とか「番付」とかちょっぴり博打っぽい要素があり、加えて髷とまわしとか土俵入りの型とか 儀式やビジュアルとしてSHOW的要素もあわせもっているところだ。

プロレスだっていわばSHOW、見世物というか芸能要素が強いけど、お相撲はさ、ただただエキサイティングに!っていうのではなくて、伝統に裏づけされた品格とか、強者ならではのこころいきとか、ストーリーとかがほどよく見え隠れするところに、ほかの格闘技や武道にはない独特の味があるのだと思う。
格式高く、「見られ」ながら、美しく闘うといったところかしら。
この要素がバランスよくブレンドされた独特の世界がおもしろい。

前に、が~まるさんのライブの話で「粋」ってぇことを考えてみましたが、この「粋」っていう感覚の加減に似ているなと思う。

内舘さんの言葉をお借りすれば、朝青龍は数十年の逸材とも言える素質と力量をもっていたのだから、この強いだけじゃないヒールなだけでもない、でも品行方正なだけじゃない、っていう「粋」な加減を、いい意味でしたたかに貫き通して欲しかったなと思う。

嗚呼、昭和のヒール北の潮、教えてあげて。

自分で書いてて、興奮してきました。すっごい読みたくなりました。

おかえりなさい朝青龍

おかえりなさい朝青龍」をさっそく買いに行きまっす!

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粋でいなせな「が~まるちょば」

Gamaruj_3

10日ほど前の話ですが、お台場のTOKYO CULTURE CULTUREに「が~まるちょば」のライブを観に行きました。
公式サイトプロフィールによると、23ヵ国150以上のフェスティバルに招待され、イギリスのエジンバラ・フェスティバルのアワード賞に4年連続輝くというインターナショナルな活躍っぷりの彼ら。
シャベりはいっさい無し、パントマイムを軸に繰り広げられる笑い、サイレントコメディーのステージである。

実はTOKYO CULTURE CULTUREのイベント予告ページで簡単なプロフィールを読んだくらいで、ほとんど前情報無しに観にいったのだが、予想以上に笑い、そしてとにかくとにかくすごーいと感動してすっかりファンになってしまった。

TOKYO CULTURE CULTURE は、小さなステージを正面に横に細長い、イベントハウスとしては変わった造り。
店の奥端にはこういう系のお店には似つかわしくない、ステーキハウスを思わせるような壁一面をガラスで隔てた厨房が見える。
ガラス張りの店の外はあのお台場観覧車をはじめとする観光客向けデートスポットを意識した、ピカピカの電飾で彩られた独特の夜景。

今回かぎりのライブ観覧の特権なので、どんなパフォーマンスが繰り広げられたか詳しくはここでは触れませんが、このまったくステージパフォーマンス向けとは思えない、この場限りの独特の設えをフルに生かした、ステージの上だけにはとどまらない、ええっ?!こんなやり方あり?!っていうようなあんなネタやこんな演出の数々。小さなイベントハウスならではの客席のリアクションを生かした、というより観客を巻き込んでのアドリブパフォーマンスの連続。室内だけどさすが大道芸のプロという、後で思い出すと、うなるようなセンスに大笑いし、ただの馬鹿笑いではない、上質の笑いを堪能したあっという間の45分間でした。

ライブならではの、スケベエだったりちょっとシニカルだったり、ブラッキーなネタ盛りだくさんなのですが、ぜんぜん下品な感じがしない。

うーん、この感じ何と言うんだっけ・・・。

そうだ多分、「粋」ってやつ。


昨今のお笑いブーム。もちろんキライじゃなくて、どっちかっていうと好んでチャンネルを留めたりするのだけれど、正直おおこれは芸人!もっと魅せて~っていうのは数えるほど。
なんとなくブームに乗っちゃって、調子にも乗りすぎちゃって、バカやってるだけの雰囲気だけで何となく「笑われて」。
見苦しいからもう引っ込んで下さいアンタたち、っていうのが8割でちょっとハナについて辟易しかけていたところ。

ひさしぶりに、上っ面でギャハハと笑って忘れちゃうんじゃなく(そういう笑いもそれはそれでいいんですが)、うーんもっと見たい、という余韻を残す、こころの少し深い心地いいところでニヤリと反芻したくなるような、知的な笑いを楽しんだという感じ。

以前に何かで野暮と気障の丁度いい頃合が「粋」という薀蓄を耳にしたことがあります。

まったく受けての感覚とずれた鈍感な振る舞いは「野暮」、意識しすぎてやりすぎちゃうと「気障」。このいい塩梅の「粋」ってやつがなかなか難しい。だからといって無難なところでまとめてしまえば単なる凡庸でつまらない。

ちなみに「いなせ」とは、一説に江戸日本橋魚河岸の若者が髪を『鯔背銀杏(いなせいちょう)』に結っていたところから、と広辞苑にありました。
が~まるちょばのお二人は、「鯔背銀杏」ならぬ「モヒカン」でございます。
お後がよろしいようで。

が~まるちょば公式ブログ「ちょばろぐ」

が~まるちょばオフィシャルサイト

TOKYO CULTURE CULTURE

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