カテゴリー「おひとりさまの読書・映画・芸術鑑賞」の記事

NHKスペシャル 「女と男」

今日から3回シリーズで放送されている、NHKスペシャルシリーズ女と男がおもしろかった。

男女の違いを科学的に読み解くという題材。
第1回目の今日は往々にしてすれ違いがちな男女の感情ってのは、実は科学的に解析するとちゃんと理由があるっていうようなテーマ。

かいつまみ且つ私の勝手な解釈をあわせると、男はそもそも狩猟とか争いとかいつも襲撃される危険にさらされている役割を担って来た遠い祖先の習性で、やられる前にやっちまう!というベースで脳ミソができている。
ゆえに女が「なんで?」というような些細な一言や出来事でカッと心拍数が上がり攻撃モードになりやすいらしい。
まあ現代社会では簡単に衝突しているわけにもいかないわけで、カッとなりそうになると話を打ち切ったり、相手を見下したりすることで、衝突を回避してる場合が多いとな。

一方女は、姑はもちろん群れの中でうまくコミュニケーションをとって協力していかないと、単独でのホモサピエンスの特徴である長い期間の子育てに対応していくのは難しいわけで、表情などから相手の感情を読むことに長けている。
また、子育て期間中の自分と子どもにしっかり食べ物をとってきて、危険から守ってくれるような誠実なオスかどうかを見極めなければならず、相手の行動についての記憶力が発達している。
そんな女の感覚からすると、なんで私の気持ちがわからない?なんで大事な記念日を忘れちゃうの?となるわけで。

3年目の浮気ってのも、生物学的な生殖のサイクルから考えると妥当な年数らしく、実際統計的にも3~4年での離婚率が高いそうです。

番組の最後は、すれ違いがちなとあるアメリカ人中年夫婦が、コミュニケーション講座みたいなのに参加して、上から目線で妻の話をうまく聞けないダメ夫が、トレーナーに諭されているシーンが流れ、現代社会では結婚が生殖だけの目的ではなくなっており、寿命も延びて子育てが終了しても男女は長い時間をともに過ごす必要があるのだから、男女の違いを理解した一歩進んだコミュニケーション能力が必要となるのではないか、と結んでいた。

どうも、女性寄り目線の構成だなと思った。タイトルも「男と女」ではなく「女と男」だし。なんともNHKらしいような、らしくないような・・・。

しかし、女のほうがやっぱりどっか腹が座っていて、男のほうは攻撃は最大の防御なりってな感じで、それ故に相手の気持ちを察する余裕もなく、理解できない行動の数々も臆病の裏返しなのねーとか思ったら、遠い昔のあんな苦い思い出も、こんなとほほな出来事も、まあ彼らは原始的だっただけなんだなーと少々理解もできようと。(笑)

そして、原始的なゆえに、雄々しくて実に魅力的だったのよ!

と思うことにした。(笑)

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ファイナル

映画「花より男子ファイナル」のメディアジャックっぷりすごいですね。

でも、花男ファイナルよりこっちのニュースに私はこころが沸いています。

家政婦は見た! ファイナル
えっちゃんファイナル!!!!
嗚呼、絶対見なくちゃ。

へぇ~、なんと初回の原作は松本清張だったんですね!

そういや最近では、米倉涼子主演でやっていた、テレビ朝日系列の松本清張シリーズドラマ「黒革の手帳」「けものみち」「わるいやつら」の3部作は全部ビデオに撮って何度もみちゃったわー。

わたしよく、将来えっちゃんの「家政婦」みたいなおとなになりそうって自分で思うこともあるし、ひとにも言われるのよねー。
夫も子供も貯金もない・・・おせっかいがもとで面倒ごとにいつも巻き込まれ・・・

どっちかっていうと、よねっちみたいになりたいですけどね、どういこと?

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訂正、平均寿命

先日上げたこの記事。ふとちょっと間違いに気がつきました。
平均寿命とは、発表された時点で生存している私達が生きる可能性がある平均年齢ではなく、その年に生まれた新生児が平均何歳まで生きれるか、という統計値だということを思い出しました。

調べなおしたところ、

現在アラフォーと言われる世代に当てはまる、昭和45年の平均寿命は、74.7歳。
1994年ごろ、等身大のストーリーとして「29歳のクリスマス」に共感していた世代と思われる10歳年上のお姉さま達が生まれた昭和35年の平均寿命は、70.2歳。
おお、やはりそれでも4歳半ぐらいしか伸びていないのか・・・ほっ。(?)

というよりも、

す、すごいね、今年生まれた赤ちゃん達は、統計上は私達より10年も長く生きられるんだ・・・

でも、来年100歳を迎えようとしている、健在のうちのおばあちゃんが生まれた年の平均寿命は推定で44歳ぐらいだし。

「ひでちゃん、ロクでもないおとこと一緒になるくらいならひとりでいるのがいいさ。」
と唯一説得力あるあふれる貫禄でいつも言ってくれるのも、このおばあちゃんだし。

まあ、統計だのひとなみだの気にせず!

先送りオーライってことで。(笑)


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余韻。Around・・・・

先々週 Around 40が終わってしまった。
金曜の夜のこの喪失感といったら。
どの番組を観てもなんとも物足りなくておちつかない、そうだ最終回をもう一度観よう。
たしか5度目だ。

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ところで、15年近く前、平均20%以上の視聴率をたたいて話題になったドラマは、
29歳のクリスマス」(1994年フジTV)だった。
このドラマでもやはり主人公の友人を松下由樹が演じていた。

1991年には「ヴァンサンカン・結婚」(フジTV)なんてタイトルのドラマもありました。

1994年の日本女性の平均寿命は83.0歳。
2008年発表では85.8歳。この14年で3歳も伸びていない。

でも、おんなの「おとしごろ」のトレンドは確実にひと世代分先送り。

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「Around 40」 最終回

私のご意見番的存在の親友と数ヶ月ぶりに会っておしゃべり。

開口一番、

「あべあべはもちろん『Around 40』にははまってるだろうと思って、今日どうしても言っておこうと決めてきたことがあってね。」

「言っておくけど、天海祐希はきれいどこだし、医者だし、お金持ちだからね。現実から目を逸らさないようにね。ご縁のある独身男性がみんな藤木直人みたいにかっこいいとは限らないから。」

はい。ごもっともでございます。
ドラマがうまくいったからって、わたしの人生もことがばら色に進むとは限らないこと、しかと重々胸に言い聞かせました。
夢と現実を履き違えないよう、明日からも精進いたします、はい。(反省)


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久しぶりに、とってもよく出来ていて最後までたのしいドラマだったわぁ~。

ビデオを撮り損るとビールとおつまみを片手に、いっしょに鑑賞しにうちにやって来るのが毎週金曜深夜のイベントになりつつあった近所に住む友人と、最終回が近づくと結末がどうなるのか予想しあったりして、女子高生気分で盛り上がったりしましたが。

納得の結末で最後まで「よしよし、そうだ、そうだ。」とがっかりさせない展開でした。

「ちっ、何だやっぱり落ち着くところは『結婚。ちゃんちゃん。』かよ。」となるかと思いましたが。
結婚させないハッピーエンドってところが、とっても独身アラフォー女子を勇気づけます、慰めます(笑)


キーセンテンスで大事な展開ごとに出てきた、主人公の決めゼリフ、

「わたしが幸せかどうか、わたしの幸せはわたしが決める。」

おそらく、みんなそんな風にこころのどっかで繰り返しながら、いろんな決断をして人生をすすめて来て、それなりに自分のやり方に自信をもってやってきたはずだけど、
年齢を重ねたところで、それによって手放してきたものや後回しにしてきたもののいろんな「リミット」がリアルに迫ってきて、もう一度「ほんとにいいの?」って揺れるお年ごろなんだと。
20代のころに、そういうものだ、それが一番だと思って堅実にやってきたつもりのひとも、それが長い年月を経てマンネリ化したり壁にぶちあったりして、ほんとにいいのか?と。

そこで、もう一度繰り返させるこのセリフ。

前半のアラフォーならではの切ない周囲からのお取り扱われ方とか、こころの迷いとか、その辺の描写も、それからそれぞれタイプの違う3人の女性の視点で構成されているところも、本当によくできたドラマでした。

すばらしい脚本をお書きになった橋部敦子さん、ちょっとお調べしたらやはりアラフォー世代ど真ん中なんですね。
どうりで、等身大で共感できる(×。だから、主人公は医者で美人なんだってば!(笑))ディテールが盛りだくさんなわけですね!

あと、余談ですが大塚寧々が40歳にして35歳を堂々とかわいく演じていたのも勇気づけられましたわ!
あ、いや、寧々ちゃんは女優さんだし、もともとおきれいですからね、はい、はい、肝に銘じます。

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萌え萌え、多摩川絵地図

鳥瞰図とか断面図の類が大好きだ。

通常、何かに遮断されたり空間の広さゆえに全様を見ることができないものを一望できる図に、想像をはべらすことに興奮を覚える。

航空写真はもちろんだけど、
地図とか、間取り図とか、人体模型図とか、絵本の町や建物の全体を大きく描いた見開きページとか。
あと、ドリフの長屋コントも好き。

そんな私が最近どきどきして何度も眺めているのが、これ。

20080526tamagawa1

「多摩川 散策絵図 (村松 昭 作)」

装丁は一見、普通のオーソドックスな地域地図のようですが・・・

20080526tamagawa2

この地図、広げると我が家の短い廊下なんか突き抜けて、玄関から居間まで届くほど長い長い・・・

実はこれ、正確な位置を知るための精密な地図ではなく、

20080526tamagawa_kakou

ページの一番下端は、東京湾に注ぎ込む多摩川の河口から、


20080526tamagawa_genryu

一番上端は山梨と埼玉の県境「笠取山」の源流まで、
沿岸のややデフォルメさせた風物スケッチとともに、空想散策しながら多摩川を遡れる絵地図なのです。

私は実家も現在の住まいも東京郊外のため、毎日多摩川を渡って通勤通学するのがこどものこらから常。
見慣れたいつもの車窓の風景が鳥瞰図に落とし込まれているのはなかなかおつなもの。

20080526tamagawa_seki2

毎朝、東急東横線の陸橋通過のときに見える、気になっていたこの不思議な風景も、


20080526tamagawa_seki

絵地図で見ると、なんだか感動。

先日の記事の、ウィッキーさんとであったミステリーゾーン玉川高島屋付近はこんなかんじ。

20080526tamagawa_nikotama


おや?

20080526tamagawa_tamachan_2

なつかしい〜(笑)
時系列での風景もある意味網羅しているステキな絵地図。

村松 昭: 多摩川散策絵図―源流から河口まで (村松昭散策絵図シリーズ (4))
作者:村松 昭
出版社: アトリエ77; 改訂版版 (2004/11)

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「30女という病」を垣間見る

さて、美容院で不本意ながらあてがわれた「VERY」。
気を取り直して、そうよ、普段だったら自分から絶対に手に取らない雑誌、
この機会を情報収集に生かしてこそ、デキル女よ!とか何かの自己啓発本のフレーズが頭をよぎり、素直に開く。

しかし、タイトルがすごい。


狙っているのは「二度目の結婚指輪」

再婚のすすめかと思ってタマげたら、そうじゃなくてダンナにおねだりする次の指輪についてらしい。
あたしなんて、一度目すらもらったことないですけど、何か?
いや、そこじゃなくてですね、気になったのは、
なぜ単なるダンナからのプレゼントじゃなくて「結婚指輪」とあえて表現するのか意味不明。

独身の友だちと久しぶりに会う日は・・・

シーン別のコーディネートみたいな、特集なんですが。
どうも「独身の」っていうところが、ひっかかるのはひがみ根性がゆえでしょうか。
いつもは着ないちょっと大胆な・・・みたいなコメントがついていて、なんだかやたら意識過剰ぎみにピラピラした女子っぽいコーディネートになっています。独身女子をバカにしてんか?あ、すみません、やっぱり単なるひがみですね。
っていうか、そもそも友だちに会うんでしょ、別に相手に媚びて作りこまなくたって、そんなときこそ一番自分が着たい「自分らしい」服を着てけばいいのにって思います。まあ、浮きたくないって心境もわからなくもないですが。

↓そして、このスタンスと相反してすっごい矛盾しているメイン特集に30代主婦の心の激しい揺れっぷりを見ずにはいられません。

「主婦らしい」私が今の誇り!

意味不明。
え?主婦は主婦でしょ、OLはOLでしょ。パラサイトはパラサイトでしょ(古っ)。
なぜか声高に大きな文字で「誇り!!!」との主張に違和感を感じ。

ほほぉ、なるほど「主婦くさい」ではなくて「主婦らしい」気品やあたたかさを醸し出してるあたしを見て!
みたいなことらしい。
でもこれ、ファッション雑誌でしょ?
エレガントに見えるようにとか、クールな私をアピールとか、アクティブに見える着こなしとか、自分の内面の一端を演出する装いとかスタイルってのは真っ当だと思うのですが、「どこそこの生徒です」とか「警察官です」とか示すための制服じゃあるまいし、なぜ「あたし主婦です!」っていう身上を私服だってのに誇示しなければならないのか、やっぱり意味不明。


どれもこれも、まったくもって意味不明!
理解不能!
ワタシ、ゼンゼン、ワカリマセンネェ~


・・・うそです。


本当は何でかこころあたりがあります、あたし主婦じゃないけど。
知っているけど、あえて目をそらしてみました。

それは、独身のわたしにも身に覚えのある共通の「病」のせいだから、多分。


その病については、石原壮一郎さん の、この本に書いてあります。

あたし、「アエラを読んでしまう・・・」どころか、「アエラに取材されてしまう悲劇」だし(笑)

「大人養成講座」で有名な著者ですが、本当は石原さんオヤジの皮を被ったオバさん(オバジ)ではないかと思うほど、30女自身である私たちも気づいていなかったというか、ひた隠しにしてきた(つもり)の、心の底にこびりついてるモヤモヤを手に取るようにわかってらっしゃる。そのモヤモヤの素を的確に深く見抜いている視点にドキリとさせられ、そしてまた理解されることの快感をもおぼえます。

「病気に例えるなんて!」「バカにしてるわっ!」と一瞬怒りたくなりますが、そんな反応を思わずしそうになる自分を冷静に振り返ると、やだぁ~皮肉ねぇ~アハハ、と笑えず過敏に反応しちゃうところがそもそもやっぱりビョー的かしらと思います(笑)
著書の中で、繰り返し「お世辞ではなく、30代の女性はもっとも魅力的」と表現してただいてますが、多分これは辛辣な指摘についての言い訳でもおためごかしでもなく(たぶん、きっと、じゃないかな・・・)、本当に愛ある視点だからこその、不快・・・いや間違えた、深い洞察による描写と思うので、病気呼ばわりもあえて許せます。
許せちゃうこころの広い私、やっぱ大人よねぇ~。
こころの広い「おとな」な私が今の誇り!!(病)

あなたも、この本読んだらきっと30女がおかしくも愛おしくなること間違い無しです。

読んで愛して!お願い。(笑)


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美容院の雑誌の問題

久しぶりに髪を切りに行きました。

毎回、ひそかに意識してしまうのが、
シャンプー台から戻った席に用意されている雑誌のこと。

行きつけじゃないサロンや、はじめての美容師さんの場合、
どんな雑誌が置いてあるかで、
「ははぁ~、あたしってこういう風な印象なんだぁ。」
と、ショックだったり、鼻高々だったり。

まあ、最近ではさすがに女性週刊誌が置いてあるお店は減りましたが。
「女性自●」とか「女性セ●ン」なんかが選ばれていたりすると、
本当は、とっても見出しが気になるんですが、意地になって興味の無いフリとかしてみるわけです。

昨日は、
「VERY」と「オレンジページ」
かよ・・・・・。

JJ、CanCanを持ってこいとは言いません、
モード系とかセレブ系が積まれていますようにと、ひとかに祈っていたのです、
自己イメージとかけ離れた願望のもと。

そこのインターンの若いキミ!
まだまだ甘い!
正直すぎに気をつけなさい!!

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インタビューされたら妄想

昨夜、23時のニュース番組で、朝青龍についてどう思うかの街頭インタビューが流れていた。
ギロン、ハンロン・・・ってやつ。

あれを観る度に、もしも私が新橋の機関車の前でインタビューされたらどう答えようかという妄想にふけってしまう。
どうしよう、時事ネタ弱いからその日のためにやっぱり新聞購読は再開すべきかもしれないと思うときがある。あほですわ。

朝青龍の件についてだったら、すごいいいこと言えたのに。放映された自信あったな!(あほ)

大好きな内舘牧子さんのご意見には、大共感。
わたしも朝青龍が好きだった。

お相撲はそれほど詳しくないので、技量の凄さのほどはよくわからないけど、あの圧倒的な強さといい、ヒールな存在感といい。
でも、ダァーとかグォーとか言っててアンタ脳みそまで筋肉かと思わせる従来の悪玉衆のイメージとは違い、しゃべれば流暢な日本語で賢そうな雰囲気とのバランスが何とも魅力的だった。
ヨコヅナ オブ ヨコヅナ、ユーアーザチャンピオン!って感じだったのに。

憎たらしさの中にも悪玉の品格があると勝手に買被っていたイメージは、今回の騒動いろいろでガラガラと音をたてて崩れ。
「嗚呼~、やっぱりつまるところ外国人力士に、『日本のこころ』の世界を理解するのは難しいのかしら。」とさえ。

「強ければ何でもいい。」だったら他の格闘技やればと思う。
かといって「心・技・体」の「心」の部分を実直に追求するならば、ほかの武道がある、「剣道」とか「柔道」とか。

他の格闘技とは違うお相撲の魅力は、単なる「スポーツ」っていうのではなく「武道」っていうほど堅苦しいだけじゃなく、「懸賞」とか「星とり」とか「番付」とかちょっぴり博打っぽい要素があり、加えて髷とまわしとか土俵入りの型とか 儀式やビジュアルとしてSHOW的要素もあわせもっているところだ。

プロレスだっていわばSHOW、見世物というか芸能要素が強いけど、お相撲はさ、ただただエキサイティングに!っていうのではなくて、伝統に裏づけされた品格とか、強者ならではのこころいきとか、ストーリーとかがほどよく見え隠れするところに、ほかの格闘技や武道にはない独特の味があるのだと思う。
格式高く、「見られ」ながら、美しく闘うといったところかしら。
この要素がバランスよくブレンドされた独特の世界がおもしろい。

前に、が~まるさんのライブの話で「粋」ってぇことを考えてみましたが、この「粋」っていう感覚の加減に似ているなと思う。

内舘さんの言葉をお借りすれば、朝青龍は数十年の逸材とも言える素質と力量をもっていたのだから、この強いだけじゃないヒールなだけでもない、でも品行方正なだけじゃない、っていう「粋」な加減を、いい意味でしたたかに貫き通して欲しかったなと思う。

嗚呼、昭和のヒール北の潮、教えてあげて。

自分で書いてて、興奮してきました。すっごい読みたくなりました。

おかえりなさい朝青龍

おかえりなさい朝青龍」をさっそく買いに行きまっす!

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粋でいなせな「が~まるちょば」

Gamaruj_3

10日ほど前の話ですが、お台場のTOKYO CULTURE CULTUREに「が~まるちょば」のライブを観に行きました。
公式サイトプロフィールによると、23ヵ国150以上のフェスティバルに招待され、イギリスのエジンバラ・フェスティバルのアワード賞に4年連続輝くというインターナショナルな活躍っぷりの彼ら。
シャベりはいっさい無し、パントマイムを軸に繰り広げられる笑い、サイレントコメディーのステージである。

実はTOKYO CULTURE CULTUREのイベント予告ページで簡単なプロフィールを読んだくらいで、ほとんど前情報無しに観にいったのだが、予想以上に笑い、そしてとにかくとにかくすごーいと感動してすっかりファンになってしまった。

TOKYO CULTURE CULTURE は、小さなステージを正面に横に細長い、イベントハウスとしては変わった造り。
店の奥端にはこういう系のお店には似つかわしくない、ステーキハウスを思わせるような壁一面をガラスで隔てた厨房が見える。
ガラス張りの店の外はあのお台場観覧車をはじめとする観光客向けデートスポットを意識した、ピカピカの電飾で彩られた独特の夜景。

今回かぎりのライブ観覧の特権なので、どんなパフォーマンスが繰り広げられたか詳しくはここでは触れませんが、このまったくステージパフォーマンス向けとは思えない、この場限りの独特の設えをフルに生かした、ステージの上だけにはとどまらない、ええっ?!こんなやり方あり?!っていうようなあんなネタやこんな演出の数々。小さなイベントハウスならではの客席のリアクションを生かした、というより観客を巻き込んでのアドリブパフォーマンスの連続。室内だけどさすが大道芸のプロという、後で思い出すと、うなるようなセンスに大笑いし、ただの馬鹿笑いではない、上質の笑いを堪能したあっという間の45分間でした。

ライブならではの、スケベエだったりちょっとシニカルだったり、ブラッキーなネタ盛りだくさんなのですが、ぜんぜん下品な感じがしない。

うーん、この感じ何と言うんだっけ・・・。

そうだ多分、「粋」ってやつ。


昨今のお笑いブーム。もちろんキライじゃなくて、どっちかっていうと好んでチャンネルを留めたりするのだけれど、正直おおこれは芸人!もっと魅せて~っていうのは数えるほど。
なんとなくブームに乗っちゃって、調子にも乗りすぎちゃって、バカやってるだけの雰囲気だけで何となく「笑われて」。
見苦しいからもう引っ込んで下さいアンタたち、っていうのが8割でちょっとハナについて辟易しかけていたところ。

ひさしぶりに、上っ面でギャハハと笑って忘れちゃうんじゃなく(そういう笑いもそれはそれでいいんですが)、うーんもっと見たい、という余韻を残す、こころの少し深い心地いいところでニヤリと反芻したくなるような、知的な笑いを楽しんだという感じ。

以前に何かで野暮と気障の丁度いい頃合が「粋」という薀蓄を耳にしたことがあります。

まったく受けての感覚とずれた鈍感な振る舞いは「野暮」、意識しすぎてやりすぎちゃうと「気障」。このいい塩梅の「粋」ってやつがなかなか難しい。だからといって無難なところでまとめてしまえば単なる凡庸でつまらない。

ちなみに「いなせ」とは、一説に江戸日本橋魚河岸の若者が髪を『鯔背銀杏(いなせいちょう)』に結っていたところから、と広辞苑にありました。
が~まるちょばのお二人は、「鯔背銀杏」ならぬ「モヒカン」でございます。
お後がよろしいようで。

が~まるちょば公式ブログ「ちょばろぐ」

が~まるちょばオフィシャルサイト

TOKYO CULTURE CULTURE

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「肩ごしの恋人」最終回(涙)。次回ドラマ化希望の小説「ダメ蟹」

嗚呼、本日、
アバンチュールのアの字も見当たらない乾いて暑苦しいこの夏、唯一のときめき気分疑似体験だったドラマ「肩ごしの恋人」が最終回を迎えちゃいました。

途中2週間ぐらい、まじめに田辺誠一に恋してましたよ、嗚呼。

エンディング、この手のドラマのお約束、主人公をとりまく男女7人ぐらい(笑)が、夏の終わりとともに酸いも甘いも乗り越えて、それぞれ新しい人生歩きはじめました的展開で、テーマ曲をバックに各々の新しい生活のひとコマが次々に映し出されるんですが、田辺誠一のカットと米倉涼子のカットの間ぐらいに、あたしの頭の中では、あべこのカットが流れてましたわ。嗚呼。ジーンとさせていただきました、泣かせていただきました。
どうせ酔うなら、このぐらい楽しまないとねぇ。

マンガが原作、学園モノみたいな、お子ちゃまドラマ系が好調の中、豪華キャストで話題を集めてスタートしたわりに視聴率悪かったそうで。どうもシリアスで重たいおとな系テーマはウケない昨今TVドラマ事情らしいですな。

しかし、しかし、是非いつの日かドラマ化して欲しい小説が。

20070906kaniekun

ダメじゃん、蟹江クン! (イタクラヨシコ 著)

もう半年以上前に読んだ本なんですが、この話登場人物がなかなかどいつもこいつもいいんですよね~。

主人公の美形男子蟹江クンは、モテモテの上ノーとは言えないソフトタイプがゆえ、本人その気はないんですが、成り行きで3マタ+1人?の身の上に。
この、特に蟹江クンを取り巻く4人の女子達のそれぞれ全く違うキャラクターが面白い、とてもリアリティがあるのです。キャラクターが立っているので、読みながら自然に、この役はあの女優さんがイメージねーなんて、ついつい想像しながら読んでました。
で、この4人の登場女子、4種4様の女達に見えて、何だか全員どことなく、なんとも憎みきれない、何って明確に説明できないんだけど、女ごころの共通項みたいなものが感じられるのです。イタクラ先生すごい!

あたしだったらどのタイプが近いかしら・・・みたいな気持ちになって最初は読み進めていたのですが、のめりこむうちに気付いたのです、どの女子の気質も、分量が違っても、もしかして世の女子はちょっとずづそれぞれの1面を持っているかもと。
ますます共感して、ますます夢中で読んだ1冊です。

テンポのいい文章にのせた、基本コメディタッチのお話なんですが、結末は甘すぎないおとな向けロマンチックな展開でまたまたじ~んといい感じ。
ほら、○ーレ○イーンロマンスみたいな甘すぎるロマンチックって、夢見るを通り越して、先に照れちゃうんですよね。そんなのにドキドキしてる自分が恥ずかしいっていうのが先にきちゃって、返って酔いきれない。
って、○ーレ○イーンロマンス読んだこと無いんですけどね。本屋であのコーナーに近づくとどうも、プレーボーイ買いに来た中2男子みたいな気分になっちゃうんですよね。まあ、中2男子もやったことないんですけどね。

嗚呼、肝心の蟹江クンは誰がいいかなぁ。


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作者のイタクラヨシコさん、とってもオモロイお姉さまです!
>>みだれさみだれ日録byイタクラヨシコ

>>喜劇映画研究会「ダメじゃん、蟹江クン!」書評コメント

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立ち読みで泣く。「ぶさいく」

待ち時間をつぶすために立ち寄った本屋で。

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ぶさいく」というタイトルのこの本。なぜかナンセンスなことに、趣味のコーナーのかわいい猫の育て方とかそういう本の間に陳列されていたけど、内容はかわいい猫の写真を交えた絵本のような仕立て。

耳もちぎれ片目しかなく、傷だらけの曲がった体で、いつしかみんなに「ぶさいく」と呼ばれるようになったのら猫。虐げられても、死に瀕しても、まるで愛すること愛されることをあきらめないがごとく、すりより甘えてくる猫のものがたり。

表紙がかわいかったので何気なく手にとってみたのだが、うがってみれば媚びともとれるほどの、そんな猫の姿にシンパシーを感じ、負け犬としての自分の姿と少し重なり、思わずぐっと来た。泣けてきた。

ほんとに涙がポロポロこぼれてきてしまった。

店員さんが見てみぬ振りをして横を通っていった。

立ち読みしながら泣く人なんてそうそういない。
多分ただの頭のおかしいおばさんに見えたに違いない。嗚呼(涙)

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柳沢クン、わたし非国民でゴメンね。

脳の中の幽霊ふたたび」という本を読みました。神経科学のおはなしです。
「バカの壁」もそうだけど、この本を読むと、おバカさんに優しくなれるのよ。

この本には脳の仕組からみた、ヒトがもつ能力「メタファー」についてみたくさん語られています。
視覚などから入ってきた情報を、別の何かにおきかえて解釈する、という機能がそなわっているわけですが、不思議なことに国や環境が違ってもある程度共通の「おきかえ」がされるようにできているというおもしろい説がとなえられていました。
たとえば、曲線を見ると女性、甘い香りから優しい風景、直線的でとがった画像からは金属音、といった連想は万国共通なわけです。
だからは考え方がちがっても、なんか根底にある基本の共感みたいなのがある程度得られるので、ヒトって別に全てを論理だててルール化してやらなくてもなんとなく秩序が生まれて、社会や集団とうまくやっていけるのかしらと思います。

さて、ちまたをさわがしている柳沢厚相のお言葉。
「子供は2人以上が健全。自然ですよね。」

不健全でどうもすみません。

不自然ですみません。

錆付いて役に立たない機械でごめんね。


柳沢クンは、このメタファーを作る脳機能がみんなと違うのかな?
みんなにいろいろ言われても、情報伝達回路の修正が行なわれないみたいだし。
個性や身体的能力の個人差なのかもしれないけど、そういうひとがみんなの代表者とかしてるってどうだろうなぁ~。


柳沢クンの記者とのやりとりの続き、
「やはり家庭を営み、子どもを育てることには人生の喜びのようなものがあるという意識の面も若い人たちがとらえることが必要だろう。そういうことを政策として考えていかなければならない。」

政権による個人の価値観の刷り込みってこと?


これから、そんな刷り込みを受けた平成生まれのガキどもに私益々言われるようになるんだろうなぁ、

「ほら、あの人昭和生まれの非国民だから・・・・」

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負け犬号泣でセロトニン大放出

- 今日の遠吠え -

親しい仲にも礼儀あり。

「ホントよ。特に男女とか夫とか距離が近くて親しいほど、どうしても甘えが出ちゃっうからね。」

私の尊敬する、さすが、もうすぐスイート・テン・ダイアモンズだけど夫婦円満な友達の口癖。

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もうひつ月前になるが(早い!)自分でもびっくりな号泣をした。
しかも人前で。(^^ゞ

とにかくこのひと月くらい、いろいろ急に環境が変わったり、数ヶ月間もやもやとかかえていたことが、ついにイッパイイッパイになったりして、自分が自覚していた以上に、どうやら気持ちが張り詰めていたらしい。

(で、ちょっと精神的に落ち着いたので久々に更新しています。と、復活宣言しながらひと月以上も更新しなかったいい訳したくてこの題材を選んでいます。あは。)

私は結構泣き虫なほうですぐメソメソするが、そのときは何だかいつもと違った。

ちょっと酔っ払っていたのもあったし、とても信頼しているひとの前だったので甘えが出てしまったのかもしれない。
別段それほど泣きたいということもなく、ずっと気にかかっているやるせない話をしようとした。
その話題自体とても悲しいことではあったけれど、そのこと自体が取り乱すほど切羽詰った問題だったというよりは、それを引き金にして、いろんなものでパンパンになった風船がついにパツンとはじけてしまったという感覚だった。

自分でも意に反してこみ上げて来る嗚咽に驚きながらも、止まらなくなってしばらく空いた炉辺焼き屋のカウンターで、ヒックヒックオエオエ泣いてしまった。酔っ払っててどのくらいの時間泣いていたのか実はあんまり覚えていないのだけれど、朦朧とした頭で途中からちょっとだけ、すぅっとしてきたというか気持ちよくて「エイッ、何だかよくわからないけど全部泣いちゃえっ」って気分になった気がする。そして、泣いたらすっきり、その後ケラケラものすごく機嫌良くなってしまった・・・ように・・・記憶している・・・。ってこの辺からすっかり酔いがまわっておりまして、あは、おぼろげ。
(^^ゞ (^^ゞ (^^ゞ

そんなおり、本屋の店頭で「週末号泣のススメ 涙でストレス解消!脳をリセット!」(安原 宏美 著)という本を見つけた。
まだ読んでませんが、最近何にいつ号泣したかとか調査統計データとかも載っててなかなか面白そう。

泣くっていうのは笑うのと同じくらい、精神衛生上いいみたいです。科学的にみても涙が流れるときいっしょにストレスの元になる成分が体の外に排出されることがわかっているとか。
不足するとウツの元になることで知られている脳内物質「セロトニン」の分泌もよくなって頭もすっきりするとか。
なるほど!ケラケラと私が急に機嫌良くなったのはこのせいか!(いや、単なる酔っ払いだったせい?あは。)

科学的実証あり、さあ、みんなで泣こうぜ!!

って、自分の失態を正当化してみたが、まったく迷惑な話だ。本当にごめんなさい、お店のおかみさん、そして黙ってその恥ずかしい状況につきあってくれた相棒。

深く詮索するでもなく二言三言優しいことばをかけただけで、相棒がじっと黙って、安っぽい同情や慰めを言うでもなく、説教じみた諭しをエラそうにするでもなく、私が泣き止むまでつきあってくれたことがとても嬉しくてありがたかった。
って、呆れて困ってただけか。(笑)

「親しき仲にも礼儀あり」

場違いのようだが、マナーとかお行儀とかルールのことじゃなくて、冒頭の彼女が言っていたのはこういう意味かもと思った。

相手との距離が近くなって、共感したり意気投合したりする体験を重ねていくと、相手のことがわかったような気になる。きっと自分の考えは当然相手も理解するだろうと、こうなんじゃない、あーなんじゃないといろいろ言って「あげなくちゃ」という態度になったりする。それは優しさのようで、ときに驕りを含んでいる。私が救ってあげなくちゃっ!

おこがましい。反省、反省。

どんなに親しくても、わかりあってるつもりでも、ひとにはそれぞれ「正論」ではどうにもならない自分だけの部分とか、ペースとかいうようなものがあると思う。

きっと私にはわからない悲しいことがあるのだろう。わからないけどきっととても今この人は苦しいのだろう、ひとりでは苦しいから私の前で涙を見せたり、泣き言をもらしたりしている、だから今はすこしの間そばにそっと居ましょう。

ときに、こんな風にありたいと思うのだけれど、これって、相手のことを心の底から当たり前に尊重していないと難しいなとつくづく思う。あたしと同じだろうという「馴れ合い」でもなく、あたしと違うから「排除」でもなくて、私と違う大事な存在と「尊重」する。お互いを尊重するおとなとして対等の距離を保った関係。難しい。

自分は何でもがんばったら理解できると思ったり、自のやり方を教えてあげたら相手が救われるなんて、正論のようで思い上がりだ。ひとはそんな単純じゃない。

「礼儀」を広辞苑で引いたら、「礼」と「義」とあった。敬う気持ちと道理。
相手を自分と違う人間だと敬うことを欠いて、道理ばかりを論っても「礼儀」にはならない。

相変わらず(笑)まわりくどくややこしく展開してみましたが要は、

「そっとしておいてあげる思いやり」

について考えてみました。
冒頭の友達も相棒もあらためて尊敬。

でも、思いっきり相手の迷惑考えず、心のどこかで今は許してお願いと、甘えて感情爆発させた私が何より「礼儀」知らずだね。
ごめんなさい。(汗)

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ダメな女

- 今日の遠吠え -

ダメな女はよく嘘をつく。

他人にもつくが、自分自身にも嘘をつく。

村上 龍 著「ダメな女」(光文社文庫)より

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ぽーちゃんがDVについて書いている。

暴力を認める理由なんて何も無い。私もそのとおりだと思う。強者が弱者に、例えば男が女に、ぽーちゃんが言っている脅しや束縛も含めて暴力を振るうとき、一方的な態度や圧力で相手を思うままに征服しようとする心理がそこには隔されている。俺がいいと思えば一方的に俺の理屈を通していい相手だという卑下と驕りが潜んでいる。
自分以外の人間をエゴのためにそんな風に縛ることを認めていいわけがない。

でも、やたらと暴力をふるわれることが多い場合は、やっぱり暴力をふるわれる側にも理由があると考えたほうがいい。

それは多分「自分に嘘をつく習性」。
と、ひと口に言ってもなかなか難しい。だいたい「自分の本当」って何よ?とわからなくなってばかりだ。
誰だって弱い。寂しさに耐えるのは辛い。失いたくないものだってたくさんある。
そうして、うっかり自分の素直な感じ方で堂々と立っていることの大切さや、その深いすがすがしさを忘れてしまう。
強くあるためにはエネルギーがいる。ときには自分をごまかしてしまったり、周りに合わせてかっこつけちゃったほうがつかの間は楽だったりする。
そうしているうちに、だんだん自分に嘘をついていることすらわからなくなる。

皮肉なことに、相手を征服したがる輩はそういう嘘つきが大好きだ。
嘘つきには、おまえへの愛が故になんて言いながら暴力を正当化する嘘つきがよって来る。

ダメな女はダメな男にしか出会えない。
いい女しかいい男には出会えない。

世の中どうやらそういう風に出来てるらしい。
スピリッツカーストみたいだ。
是非皆さんも下克上をめざしてください。

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おとな合コン

- 今日の遠吠え -

合コンなるものについて、負け犬曰く、

吾れ、二十にして撃った弾の数、散弾銃の如し、

二十有五にしてその空虚を悟り白々と意気消沈し、

三十にしてその数の減りしことを憂い、

三十五にして誘われることのありがたきを知る、

光陰矢のごとし 女磨かざるべし

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私は知らない人の中に入っていくことにあまり躊躇しないというか、どちらかというと好きなほうなのでそこそこいわゆる合コンなるものには誘われれば、楽しみにしてイソイソと出かけていく。

しかし、1度もその会の本来の趣旨目的なるものををまっとうしたことがない。(笑)
そういう会に行くと、こっちも向こうから見たらそうなのかもしれないけど、だいたい参加している人が構えているのだ。

みんなが俺があたしが、どう見られるかどうか、あるいはどの相手へ攻め込むべきか、に全エネルギーを注力し、なんともギラギラとした空気がただよっている。

実は人間の印象は最初に会った数分間のファーストインプレッションで8割方が決まってしまう、という説があるが、私もその説に同感だ。
振り返ってみて今まで、男女に関わらず、第一印象に何かアンビバレントなものを感じたひとと関わって、ろくなことになったためしがないない。逆に、ビビッと何か正のインスピレーションを感じた相手とは、どんな形であれ後々よい影響を受けているように思う。
そんなわけで、私は理屈ぬきにしてその人から発せられてる空気のようなものを大切にしているが、相手も自分も必要以上に緊張して構えていると、実にそういうものが感じ取りにくいのだ。

そんなようなことに気がついて、「どいつもこいつも、ルック、ルック、アット、ミー、で、せっかく良い出会いを探しに出かけて行ったのに、何かつまんないな。」と思った時期があった。

でも、最近そいうい場に誘われる回数はめっきり減ったが、けっこう面白いかもと思うようになった。
三十代以上の集まりになると、まあ、たまには切羽詰っちゃって真剣そのもの「今日に人生かけてる?」てカンジで焦っちゃてる方も居らっしゃるが、逆に余裕と自信にあふれたおとなの集いがほとんどだ。場の話題も、みんなそれなりに人生経験があるから、昔のやんちゃ時代の話が飛び出したり、仕事や職場の話、社会情勢についての話、などなど、豊富で楽しい。趣味の話とかしても、もうこの年代になると二十代のガキみたいに「モテるから」とか「かっこいいから」という理由じゃなくて、ほんとうに好きなことをやっていたりするし、相当年季がはいっていたりするから聞くほうも面白い。

そんなわけで、結婚だっておとなになってからのほうが実はほんとの意味でのチャンスといえる、というお話が「35歳からの玉の輿道」(和田秀樹 著)に述べられています。
この本、実はネタ(何の?笑)半分で読んでみたのだが、題名から連想するのとはまったく別の次元で大変おもしろかったですよ。

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なぜ手が好きかって

-今日の遠吠え-

ぽーちゃんは手のきれいな男のひとに弱い。私も男の人の手が大好きだ。
なぜ?って思ったら竹内久美子著「私が、答えます」に答えが書いてあった。

人間の体がつくられる時、遺伝子達がそれぞれ、たとえば私は髪の毛!私は心臓!とか一個の仕事しか担当していないわけではなくて、ひとつの遺伝子が複数の仕事を受け持っているらしい。だいたい、心臓とか脳みそとか生命維持に重要な役割を果たすパーツを形成する仕事と、髪の毛とか指とか、まあ無くても命にはかかわらない部分の軽度の仕事とを掛け持つように、バランスよくできているという。まあ、神様ってすごい。

で、なぜ手に異性の魅力を感じるひとが多いかといいますと、

生殖器を受け持っているのと同じ遺伝子が、手を作る仕事をしている

からだそうです。どきどき。

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先週の日曜日、念願の「人体の不思議展」へ行ってきた。
ナマの脳みそも触ってきたよ!

「隠れテッちゃん」同様、ずっと忘れていた、というか自分の中で無意識に隠蔽していたのかもしれないが、私はけっこう「人体フェチ」だということを思い出した。

子供のとき家にあった小学館のこども百科事典全24巻のうち、「昆虫の世界」とか「数字の不思議」とかはほとんど開いたことが無かったのに、忘れもしない第10巻「ひとのからだ」だけは背表紙がボロボロになるまで何度も眺めていた。

おとなになっても、鍼灸院で横になると先生のおしゃべりも上の空で壁に貼ってある、ツボと神経の分布図みたいなやつばかり見つめてしまう。
嗚呼、人体模型大好き。

ひととおり、皮を剥かれたり、輪切りにされつつも、芸術的なポーズをとった本物の人体のすばらしさを堪能し、出口の売店までたどり着いたら、はしゃいでる私とは裏腹に途中で気持ち悪くなっちゃったぽーちゃんが、「ねーねー、hidebooの好きそうなものが売ってるよ。」と手招きする。

↓3,000円の出費も惜しまず、迷わずGet。

20041027model_1.jpg
箱を開けると、手書きの組み立て説明書が入っていた。多分手作りだ。
この、薄紙でくるんだ紐の結び方もなんともいえない。

20041027model_2.jpg
ばらしたところ。

20041027model_3.jpg
ほんとうに、人間のからだって無駄なくうまくできてると思う。

ビバ人体!

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恐るべし、Amazon recommend サービス

-今日の遠吠え-

続・負け犬だけど、涙がでちゃう

わたしの良きカウンセラーであり、オンナゴコロをわかってくれる男性と信頼してやまないYさんにぶつけてみる。

「ねえ、どうしてオトコはどいつもこいつも、ナヨっとした女からみたらカマトトみたいな、自分がカワイク見えるかいつも計算してるみたいに見えるオンナばっかりちやほやするの!?一生懸命賢くなろうと強く自分らしく生きたい!ってがんばってる方が美しいと思って自立しようとすればするほど、『かわいくないオンナ』扱い。だいたい、そのがんばってる裏に自分の弱さと戦ってる『かわいさ』とか『成熟度』とかそういうものが想像できんのかね!まったく、ぷんぷん」

「そんな、薄っぺらな男は相手にしなければいいじゃないですか。あなたはそういう、男に選ばれることばっかり考えているような生き方したくないんでしょ?そういう女性達を羨む必要なんてないじゃないですか。」

さすが優しいYさん!やはり聡明なおとなな男性だ。オンナとして生きる勇気がわいてきたよ!あなたは本当のオンナの魅力がわかっている!!





「・・・でも、やっぱり、
・・・オトコはあなたの言うカマトトっぽい女性のほうが好きですね。」

「大抵のオトコはそうですよ。」

※ クリック 。

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ああ、毎日更新目標なのに3日もさぼってしまった。だって3日連続宴会だったんだもーん。

ぽーちゃんおすすめの「アドラーの心理学入門」をAmazonで注文したら、早速りっぱなHTMLの注文確認メールが来たの。
メールの右側に、「次回アクセス時のおすすめ」とちゃんとメールにも私へのrecommendピックアップが。
さすがだ。と・・・

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負け犬だけど涙がでちゃう、
だっておんなのこだもん。

-今日の遠吠え-

昔友達だった男が熱い目で語った。
「その子が俺の前で辛いと泣いたのを見たときは、何でもしてあげようと思って。」
彼と同じ職場のある女性がとてもひどい境遇でかわいそうだというのだ。

聞けば、派遣で配属されたチームが嫌なやつばかりで、自分が思っているような仕事をさせてもらえない。ということらしい。ふ~ん、別段大した能力があるわけでも無いみたいなのに、三十路面さげてナルシストで思い上がった女だなと思った。いかにも情にもろそうな彼の前で涙するなんて、けっこうシタタカだなとも思った。

「いや、ほら彼女って意外に自分があるタイプっていうか。」
こいつバカだ。はたからどんなにチンケに見えても自分が無いやつなんていない。
要は艶に溺れて、公私混同も辞さない勢いの彼。ちょっとみっともなくて、やっかみ半分で言ってみた。
「でもさ、彼女甘ったれてるよね。あたしはもっとひどい状況だったけどね。」

「いいんだよ、あなたは強いから。」

なんだかものすごくムカついた。
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本棚の整理をしていたら、「だいじょうぶたいしたことないから」という本が出てきた。もう6~7年前、30代突入の不安とともに、身もこころもボロボロに疲れて、前の会社を辞めるときに、職場のデザイナーの女の子がお餞別にくれた本だった。別段特に親しいという間柄でもなく、感受性の強そうなその彼女のほうが人目もはばからず仕事中に泣いてたりして、私のほうが「おい、大丈夫かよ」と慰めたくなるような感じの女の子だった。私の表向きの退職理由は、方向転換と健康上の理由であったけど、そんな彼女はこの本を突然プレゼントしてくれた。
たしか、当時はあまり意味のわからない部分が多くて、ふ~んぐらいの感じで本棚の奥で眠っていた。
今になってもう一度読みかえしてみたら、ものすごく感動した。
すぐに本屋にいって、著者伊藤 守氏の本をまとめて2冊も買った。

しかし、この手の本を本屋で買うのは実に恥ずかしい。
「あたし、悩んでるんです。」って言ってるみたいで。
裏返してみたり、あんまり読みたくもない堅めのビジネス書なんかの間に挟んでレジに出してみたりしてしまう。エロ本買う男子の気分だ。この間仕事の関係で週間プレイボーイを買ったときのほうがまだ堂々としていた気がする。(笑)


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だっておんなのこだもん。"

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LOVERS

-今日の遠吠え-

40歳少し手前の非常に結婚願望の強い方と、その昔ちょっとだけおつきあいをしたことがある。
結構、一生懸命にアプローチしていただいて、正直いって超有頂天で3回目ぐらいのデートで、チャン・ツィイー主演の「初恋の来た道」をいっしょに映画館の最前列でみた。スクリーンいっぱいの初々しいまだ19歳のチャン・ツィイーがひたむきに恋をする、超純愛ストーリーだ。映画が終わるとおっさんの彼のひとみは涙ぐんでいた。
おうちに帰ったら、彼からメールが来ていた。

sub:本当の気持ち
やっぱり、本当に好きなひととではなくちゃと思います。

ごめんなさい。

・・・・・・・。

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またまた、少し前の話になりますが、金城&チャン・ツィイー主演の「LOVERS」を見に行った。

1.マトリックス冬ソナロミオとジュリエットがいっしょになったみたいな映画だ。

2.金城君はものすごくかっこよかったけど、ラストシーンの鼻血面が悲しかった。
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3.チャン・ツィイーのおでこについている赤い印は、あんまんの真ん中についてるマークといっしょだ。
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4.何はともあれ、チャン・ツィイーは強く美しい。よし、やっぱり再び、チャン・ツィイーを目指そうと思った。

5.彼女は私と十も歳がちがう。

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負け犬 VS 勝ち犬

別々の友達から、同時に2冊の本が「あなたにぜひ!」と回ってきた。
いったい、私は周囲からどういう風に見えているのだろう(笑)
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「強運に・・・」の著者のFOXEYオーナーである前田義子さんは、究極の「勝ち犬」だ。
「負け犬の遠吠え」はその名のとおり、「負け犬」生態について。
おもしろいから、2冊同時に平行して読んでみた。

どちらもなぜか読み終わったらすがすがしい。
要は、「あんた、堂々と生きなはれ!」と書いてあったように思う。
そうするわ。

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